自身が中心となり立ち上げたApple社をクビになり
その後、コンピュータ・アニメーション映画で数々のヒット作を生み出した
PIXAR社を立ち上げ
買収によって、再びApple社に戻ってはi Podを世に送り出し見事、倒産寸前だったApple社を再生さした人物スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で
スピーチした内容をご紹介します。
かなり長いので3回に分けてご紹介して行きます。
波乱万丈な人生ですが、そこから学ぶ事も多く
2007年の指針にもしてもらえればと思います。
ありがとう。
世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。
実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。
本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。
それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。
最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。
私はリード大学を半年で退学しました。
が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ
大学に居残って授業を聴講していました。
じゃあ、なぜ辞めたんだ?
ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。
私の生みの母親は若い未婚の院生で
私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。
育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。
ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。
で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。
「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。
彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、
二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし
父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。
そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。
そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。
こうして私の人生はスタートしました。
やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、
何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから
労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。
そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。
自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。
なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。
だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
そりゃ当時はかなり怖かったですよ。
ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。
だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。
夢物語とは無縁の暮らしでした。
寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし
コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど
あれを貯めて食費に充てたりね。
日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると
ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける
これが無茶苦茶旨くてね。
しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは
あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって
分かってきたんだね。
ひとつ具体的な話をしてみましょう。
リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を
提供する大学でした。
キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。
私は退学した身。
もう普通のクラスには出なくていい。
そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って
どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。
それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で
いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。
こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。
だけど、それから10年経って
最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって
この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。
で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。
そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら
マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし
ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので
パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは
地上に1台として存在しなかったことになります。
もし私がドロップアウト(退学)していなかったら
あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
もちろん大学にいた頃の私には
そんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでした。
だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで
そこなんですね。
もう一度言います。
未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない
君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。
だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで
必ず繋がっていくと信じなくてはならない。
自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。
点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく
そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。
結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。
信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。
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編集後記
今を生きて無駄な事など何もない。
大学時代を思い返すと インターネットを学べる環境にいた自分も
「毎日が無駄で退屈だな・・・」
と思っていましたが、今思えば全てが役に立っています。
[点と点が繋がっている]
自分の過去をもっと信じてみても良いはずですね。
明日は2つ目のスピーチをご紹介したいと思います。


