プロの定義は実は意味がない

2007,04,30
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by 天上 博規

昨日はプロデュースしているアーティストの森 源太の国内ラストライブでした。

彼と出会ったのは5年前。

「出会いは必然」という彼の言葉をひとつひとつ確認しながら
お互いを必要とし、お互いを刺激し合い、今までやって来れました。

そして、彼の最後の雄姿を見ていて感じた事がありました。

「プロの定義って何だろう?」

多分、世間が思っているプロのミュージシャンの定義は


  1. メジャーレコード会社からCDを出す

  2. HEY×3やMステに出演する

  3. 大型野外フェスに出演する


だと思います。

僕も高校時代は
まさしくプロとはメジャーレコード会社に所属する事だと・・・
インディーズはアマチュアそのものだと
信じていました。


しかし、森 源太のライブを観て感じた事は

それは、[プロ]とは

(自分の意思を信じて、続けた人)の事だということです。

少し冷静な視点で観てみると

プロとはそもそも利潤を追求するものです。

成果物や行動の意思決定が利益に結び付くのか?
より効果的に利益を創出する方法はないのか?

そういった思考や行動がプロの定義であり

そういった利潤の追求とは関係なく自分自身の思い通りに楽しみ動く人は
アマチュアの枠に必然的に入っていました。

バンドでも自分達の好きに活動して
好きな曲を演奏する事はアマチュア(インディーズ)で

CMの15秒以内で使える良いメロディーの曲を作って
流行りも(少し)は意識しながら活動する事はプロだと。

そして、[プロ]という響きは格好良く耳に聞こえます。

資本主義社会の中でのプロはそういった価値観の元に
考えられていました。(僕がそうだった様に。)


でも、今の世の中
様々な価値観や生き方が確立されていく中で
プロという定義はくずれて来た様に思えます。


資格を持っている医者が起こす医療ミス
インディーズバンドがミリオンヒットを出すオリコンランキング
カット予約が取れない資格を持たないカリスマ美容師
ライターではないけど、100万人が見るブログを書いている主婦


今までの資本主義の世の中の様に
大きな組織やカリスマに認められ、加入する事で
得られた[プロ]という定義は崩れ、価値観はなくなりつつあります。


森 源太の様に世間でいうプロではないけれど
人からお金を頂いて、その代わりに全力で[感動]を提供して
CDを自分の資金で製作して、手売りで販売して生活しているスタンスを

僕はプロよりもプロだと感じました。

そして、続けていく!!!


資格を取得したとたんに、安心してしまい
思考や行動を止めた人はプロではありません。

就職活動を必死にして、決まったとたんに全てを忘れたかの様に
遊びまくる人もプロのビジネスマンにはなれません。
(もう学生ではありません。受験して大学が決まった後に遊びまくる高校生の時と何も変わっていないだけですね。)


プロは常に続けて歩みを止めない人。

そんな確かな想いを森 源太の背中から感じました。

そして彼は5月6日からカンボジアに旅立ちます。
彼が戻って来た時に

「お前も成長したな!!さすがっ!」
と言われる様に、今日から気持ちを引き締めて
仕事に取り組んで行きます!!!!!!!!!!!

ということで、案件が8件たまっているので
ビジネスモード再開!!!!

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