生きていく事は愛すること、愛されること

2007,06,30
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by 天上 博規

"人を好きになることは、人に期待することだ"

そんな哲学にも似た言葉を吐いたブログを見て思いました。

「人を好きになって、その人の為に生きたいと思える感情は何なのだろう?」


好きな人を思った時

その人が笑顔でいてくれて
幸せな時間を少しでも長く感じてくれる事が自分の幸せであり

好きな人が望み選ぶ未来がどんな風であれ
心から祝福して、応援したいと願います。


そもそも恋人だろうが、夫婦だろうが
友達だろうが、仕事仲間だろうが

基本は人と人とのコミュニケーションに他ならないから

それを頭で理解すると

やっぱり、どう考えても誰とて1人の人間を独占する事なんて出来ないのは
わかっています。


独占=支配ならば、人を支配したい!と思い行動する様な人とは
誰も一緒にいたくないと思うし、そんな人を心から好きだ!大切だとは
思わないはずです。


じゃぁ、話は戻って

「人の為に生きたい」と願う感情は
もしかしたら

好きな人の人生に無理矢理にでも自分の存在をはめ込みたい!という
欲望に他ならないのかもしれません。


人を好きになり、相手の存在が大きくなって
自分にとっては必要不可欠な存在の相手にとっても
自分は必要とされる存在でありたいと願う事で

共有できるモノを探し、時間を合わせ、過去を知ろうとし
将来の予定を聞いて、その夢や目標に自分を役立ててもらいたいと
欲します。


「人の為に生きたい」という言葉は素敵な言葉に聞こえても
もしかしたら、凄い自分勝手で欲望に身を任せたままの言葉なのかもしれません。


こんなに寂しい言葉を書いていても
やっぱり僕は好きな人の人生に関わって
(それが自分勝手だと理解していても)
役に少しでも立ちたいのだともがき生きていくのでしょう。


人はそもそも愛があったからこそ、ここまで強くなれたはずです。

揺りかごの様に温かなアフリカの大地を離れて
世界各地へ離れ散った人の隣には
いつの時代にも[大切な人]の温かな[愛情]があったに違いありません。


太陽が照り返す、砂漠の大地の上でも
食料がほとんどない様な場所でも
寒さ凍えるシベリアの彼方でも
地雷が埋まったカンボジアの大地でも
物質が揃った日本という国でも

どの場所でも同じく人は
愛し、愛され強く生きている事だけが
哲学や理論を越えた、今の僕の心の支えなのもこれまた事実です。

<br />
天上 博規


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