罪を認めないのは反省していない証拠という言葉の怖さ

2008,04,24
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by 天上 博規

日本という国に限った事じゃないだろうけど
もし・・・もし・・・自分が該当者なら・・・(汗)という感覚で読んでみて欲しい。


広島高裁であった山口県光市母子殺害事件差し戻し控訴審の判決宣告。
元少年への極刑に、遺族の本村さんは「刑を受け入れてほしい」と言った。

カメラのフラッシュがたかれるなか、しばらく目を閉じた後
「判決を下してくださった広島高裁には感謝しております。今回の裁判の裁判所の見解は極めてまっとうだと思うし、正しい判決が下されたと思っています」と涙を浮かべながら話し、「亡くなった2人の墓前に早く報告に行きたい」と語った。

死刑判決が出るまでに9年の歳月がかかった。
本村さんは「時間がかかったということはそれだけ判決が重いものであると思う」と。

死刑という結果について「厳粛な気持ちで判決を受け止めている。遺族にとっては報われる思いがあるが、被告と妻と娘の3人の命が奪われることになった。これは社会にとって不利益なこと」と話した。

さらに、「これで終わるのではなく、どうすれば加害者も被害者も出ない平和で安全な社会を作れるのかということを考える契機になれば」と訴えた。

元少年については「胸を張って刑を受け入れて欲しい。これまでの供述を翻したのが一番悔しい。もしうその供述をしたのであれば言ってほしい。(元少年が)心から謝罪できる日が来ることを望みます」ときっぱりとした口調で述べた。


自分の愛する人を奪われて、加害者であろう被告人への憎悪の気持ちは果てしないはずなのに、加害者までも、そして日本という社会までも包める心に人としての奥深さを感じた。


検事/弁護など関係なしに、またこの事件と少し距離を置いて


映画「それでも僕はやっていない」という映画がある。

電車内で痴漢の罪に問われた主人公は最後に有罪判決を受ける。

その判決理由において「被告は自らの行為を反省していない」というのが入っていた。

つまり、「痴漢で捕まっていながら、その罪を否認し、罪を転嫁しようとした。裁判で争うのは反省していない証拠だ。」という扱いだった。

刑事裁判というのは基本的にそう(らしい)。

警察=お国は絶対に間違いを犯さない/認めない。
警察(検察)の出した訴状内容に従わないのは、被告が罪を反省していない証拠。

だからこその有罪率99%。

こういった裁判そのものに対する実態を訴えようと、あの映画は上映された。


誘拐発生率世界第3位のメイキシコシティを舞台に、過去に傷を持つボディガードの男が巨大な犯罪組織に立ち向かう様を描いた「マイボディガード」では、誘拐犯罪組織の対策部の警察の連中までもが、金を目当てに誘拐犯の手伝いをしている、権力者の闇の部分が描かれていた。

力を持っている組織は、自分の過ちを自分でかき消せる。


販売員アルバイトが自分の店の商品を万引きしておきながら
自分で在庫の棚卸しをして、在庫数を調整している様な。


話が左右に大きくぶれている様に思えるけど・・・。

"問われている罪を否認している時点で、君に反省の色が見えないから、有罪ね!"

という本音が、綺麗な言葉で並べられているのなら、裁判という実態は怖いなと思ってしまう。


それが、事実かどうか分からないけど。


上記の裁判で、死刑を判決された元少年がもし事実、無罪ならば・・・
木村さんの、あの賢明で情熱に溢れた会見の言葉は・・・・恐怖そのものでしかない。


世論は一気に自分の死刑を声高に叫び、自分が本当の悪人に思えてきてしまう。


以前、マサ★アキさんから
「警察は上手に尋問して、"情"を絡めながら、「君が悪い事をしていないつもりでも、こうこうやって、もしこれが成功したとしたら喜んだやろ?だったら、君がしていた事はいいことなのかい?」とあたかも、自分に否があると思わせる様に持って行くんやで!」
という話を聞いた。


面白いな〜と感じたのと同時に、怖いな〜とも感じた。


でも、それが世の中の車輪が綺麗に回る方法ならば
もし自分が被告人なら・・・反省しているフリをして、どう足掻いても避けれない刑罰を少しでも軽くする方法を見つけようとするかもしれない。

そこで事実を追求するドラマを演じる体力や時間を考えると・・・。


p.s.
今回の元少年の死刑をテーマに裁判そのものについて"憶測"で話をしてしまった。
こういった事は"憶測"で話す事じゃないと思っているけど
表現者として、自分の喜怒哀楽を刺激された物事に対して何も言わないならブログなんて書く必要があるか!とすら思ってしまう。

この国にいて、インターネットなどを見渡すと、何も言わない事がどれだけ楽な事かを思い知る。
出る杭にならない様にいる事がストレスなく生きる術に違いない。

発言も行動も全てに責任を問われるし、自分も問う中で・・・

もし警察・検察が恣意的に筋書きを練り、裁判がそれに沿って進められ、それに異を唱えることが“反省していない証拠”で、“真実を語っていない”とするなら・・・

裁判そのものの定義を教えて欲しいと思う。


そして、裁判がどうであれ、弁護士がどうであれ・・・
木村さんの言う、この言葉が全てを物語っているのを最後にもぅ一度。


「(死刑という結果について)厳粛な気持ちで判決を受け止めている。遺族にとっては報われる思いがあるが、被告と妻と娘の3人の命が奪われることになった。」


死ななくて良かった人の命は消えてる事実を。

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