自分の力の見極め
2008年05月12日 11:40
仕事でも、プライベートでも同じ事が言える。
自分のデキル限界の見極めこそが大事という事。
「これ以上やったら自分が壊れる」
というラインはやっぱり大切。
以前、1歳年下の元会社経営者と話をした。
彼は大学時代に事業を立ち上げた。
学生という腰の軽さと、成功したいという想いが相乗効果になって
無我夢中で働いて、多くのクライアントを獲得していったらしい。
だけど、お客さんを増やし過ぎて
今度は自分の能力がオーバーしてしまって・・・鬱になってしまった。
毎日、朝から鳴り続くクライアントからの電話に幻想を覚え
電話に出なくなって・・・最後に逃げる様に会社を潰して東京から神戸に戻って来た。
その後、半年くらい自宅で療養生活があって、その間にも何度も自殺も考えたらしい。
そんな彼に「君は無責任だね!」なんて軽々しく言葉はかけられない。
確かに、最後は自分を支えてくれたクライアントを裏切った。
今では、その事を猛烈に後悔していながらも・・・ひっそりと神戸で仕事をする彼の心にはどんな風が吹いているのだろうか。
そう思うと、その居場所の冷たさに涙が出そうになった。
そして、自分の能力の限界ラインを見極める事の大切さを改めて感じた。
「これ以上やると、他の仕事やプライベートに神経が届かなくなって、ミスが出る」
というボーダーラインを頭に入れておく必要がある。
無我夢中にやるのは良い事の様に聞こえるけど
やっぱりやり過ぎはよくない。
僕にとっても、仕事もプライベートも、何かの力になりたい!と思ったら
力になれる限界というのを自分の生活の中に設定して、出来る事を整理しながら、はっきりとそれを周りに提示する必要があるんだなと思う。
それで周りから、能力が低いとか言われても仕方がない。
それが自分の本当の人間力に過ぎないから。
例えば最近の硫化水素での自殺問題でも
テレビを見て「自殺するなんて最悪だ」と言っても、その言葉は自殺しようと思っている人にとっては笑い話にしかならない。
何も届かない。
本当に死のうとする人は、自分の辛い状況や現実に追いつめられているだけでは死なない。
死のうとする事が駄目な事なんて当然知っている。
だけど今の自分を認めたくないプライドがあって
死んでしまいたいと思ってしまう。
でも、そこに対して本当に手を差し伸べようと思うなら(差し伸べなければならないなら)
自分だけ安全地帯にいて、綺麗ごとを言っても意味がない。
鬱になってしまった彼に、無責任だよと自分が安全地帯にいる状態で話をしても意味がない。
誰よりも頑張って仕事をしてきた彼のプライドがあって
それを整理出来なくなった状態があって、そこに現実が重なった時に能力がオーバーしてしまって、その修復方法も分からないから逃げた。
その逃げてしまった自分のプライドが許せなくて死のうと思った。
それを認めてあげて、尚かつ自分の能力の限界を知った上で
出来る事を提示してあげるしか今の僕は出来ない。
そもそも関わらないという選択肢もある。
それは逃げではない。
人生は長く歩めば歩む程に人には話せない事も増えてくる。
恋愛ひとつとっても、色々な人間関係が複雑に絡んでくる。
仕事ひとつとっても、色々な金銭関係が複雑に絡んでくる。
シンプルという言葉は思った以上に複雑という事に気付いて来た今日この頃です。





天上 博規
