昨日の神戸チキンジョージでのライブは自分の音楽人生において
ひとつの大きな区切りを付けることができた。
マサ★アキさんと組んだ歳の差なんと32歳のユニット"Heaven"でのステージでの5曲目、LEGONIC TRAPの"斜陽"を唄った。
大きな夢の続きが見えなくなって、これ以上は歩けそうにないと弱気になった自分への歌として書いた唄を、自分よりも遥かに豊かな、想像以上に困難な道を歩んできた人生の先輩のマサ★アキさんが唄ったとき・・・歌がまた違う意味を持って大きな命題が見えた。
マサ★アキさんの隣でギターを弾きながら
ひたすら、ミュージシャンで良かったと、音楽を続けて良かったと
今までの自分が少しでも認められた様で涙が出そうになった。
"斜陽"という歌について少し・・・。
例えば少年時代からの決別というのだろうか。
音楽という生業の中で起こる様々な葛藤や苦悩さえも乗り越える大人としての大きな一歩という言葉が適切なのか分からないが、人はいつも何かを感じて生きている。
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」というベストセラーの本があるけど、僕にとっての砂場での経験は他ならない高校時代からはじめたバンド活動だと思う。
高校生という多感な時期に仲間とはじめた音楽活動は僕を大きな人生の深みにはまらせる。
同じ景色を見て、同じ時代の息吹きを感じて、そして同じ青春時代を駆け抜けた仲間の存在は何ものにも変えられない宝物そのものだ。
例えば高校時代や中学時代の同級生と同窓会などで会った時、それぞれの社会的地位や、職業、立場が違っても、お互いに子供の頃に記憶を戻し、話が盛り上がったという経験は誰しもがあると思う。
大人になるという事は成長する、賢くなるという事と同時に
子供の心を忘れるという意味もあるのかもしれない。
だけど不思議なことに同じ時間を共有して育った仲間とは
そんな失いかけていた子供の心をすぐに取り戻させる何かがある。
音楽の活動などをしていると、いかにこの少年時代の経験や記憶が大切かに気付く。
友達と時間も忘れて公園で遊んだ日のこと
空の色・・・空気のにおい・・・そして汗の落ちる音
恋のにがさを知った夕方・・・帰り道に見た電車の車窓からの景色
意味のない苛立ちを親にぶつけた夜・・・
そして僕は
そのひとつひとつを削りながら歌にしているだけにすぎない。
だからこそ、同じ時間を共有した仲間の存在の大きさを知り
それを守ろうと成長することを望んできた。
高校3年生だった1999年9月
文化祭のステージに有志バンドとして今のメンバーと僕は音楽を奏でていた。
そして、その脆くも弱い「この仲間と一緒に楽しい人生を歩みたい」という夢が始まり、僕たちは青春の時間もお金もすべてを音楽に捧げて走りぬけた。
当然、それぞれにもプライベートの時間はある。
例えば、彼女の誕生日の日に自分はツアーで遠い場所にいる。
体調の悪い親を家に残してライブハウスでギターを弾く。
「早くまっとうな仕事に就け」と親に言われながらスタジオに通う日々。
多くの犠牲を背中にそれでも、僕たちはあの1999年の夏を終わらせたくなかった。
それでも、永遠はないのだから・・・いつかは終わりが来ることも知っている。
駆け抜けた青春時代に疲れ切った体と精神力は
次に歩むべき道をさがすこともなく、ただただ終わりを探している。
そして僕は自分の夢を弔うための歌を書いた。
"斜陽"
歌の一節に
届かぬ空に夢をかざして 浮かんでは消えてく
確かに見えた永遠(とわ)の夢の先に 手を伸ばし生きてく
という言葉がある。
自分の人生に悩んだ果てに、夢を弔おうとして書いた歌が僕自身の背中を押していた。
書き上げた瞬間は気がつかなかったけど・・・歌は僕自身に
「続けたことで失ったものも多いけど、それでも手を伸ばすのが君の人生だろ!」
と語りかけていた。
そんな歌が2008年にマサ★アキさんが魂を込めて唄ってくれた。
夢の終止符の歌が、僕の中で大きな始まりの歌になっていた。
沈んだ太陽は、必ず昇る。
僕の1999年夏はまだ終わっていない。
まだ仲間と見たい景色がある。
まだ鳴らしていない青春の失いたくない音がある。
まだ、人生のピークはまだまだ先にあると信じて。
p.s. マサ★アキさんからライブ後に携帯メールで嬉しいメッセージが来た。
「ボクはHeavenが生まれたことがこれまでの音楽ライフで究極のタカラモノと思ってる。感謝!」
何よりも嬉しい言葉だ。
ありがとうございます。