住 太陽さんのブログで「守銭奴どもの言説にはホントついていけない」というエントリーで書かれていたことが、凄い僕の中でひっかかった。
というのも、本当に同じ様なことをいつも考えている。
(エントリーの内容は住さんのブログを読んでください。)
やっぱり資本主義の日本という国の中に身を置いていると
生活水準というか価値水準で
"どれだけお金を稼ぐか"というパロメーターがその人の価値水準かのように言われます。
逆にそこを高く見積もろうとして
良い学歴を目指したり、自己啓発に励んだり、起業がモテハヤされたり、「勝ち組」というわけの分からない枠組みを意識します。
でも、実際の今・・・自分が世情から感じる風の冷たさから思うことは
「本当にそれでみんな幸せなの?」というシンプルなひとことです。
住さんも書いていましたが
どうせみんな、あと30〜40年で死んでしまいます。
それまでに誰もが普遍的な幸せを少なからずとも追い求めて日々を生きているのですが、その限られた時間を消費する中で目指すべきものは、「勝ち組」なんて言葉のレッテルでもないし、持て余す金銭でも、はたまた資本主義社会の中で最適化された人間でもないはずです。
たしかに、今の世の中で例えば会社務めをされている方は、自分自身の時間を優先的に使うことは出来ません。
会社に時間を拘束されることと引換に、金銭的な面での安心感を少なからず得ることができます。
それが何よりも嫌だったので、僕は経営者になったという事実もあります。
何も疑わずに、そういった組織の中で右に習えで毎日を消費することに気分が悪くなってしまいました(そういう意味では資本主義社会の中では完全なアウトサイダーです。)。
想像してみます。
人生はいつまでも続きません。
なりたい自分や理想像に近づくために時間は無限にあるわけではなく、僕も気がつけば早いもので27歳です。
その限られた時間の中で、銭豚になること、資本主義の中での最適な自分になること、キャリアアップで何でも自分を高く見積もるための準備に対して人生の時間を費やすことに何を感じますか?
もしかしたら
自分の命は永遠だなんて勘違いしているのでしょうか?(笑)
もしかしたら
明日には事故に巻き込まれて死なないと100%言い切れるのでしょうか?(笑)
僕は経営者になるにあたって、自分がこの資本主義社会で生きて行くには全くもって知識も何もないことに気がつき、24歳の時にやり手の経営者が集まる勉強会に入り浸りました。
そこで、やれ経営指針だ、行動指針だ、ブルーオーシャン戦略だ、マネジメントだ、決算書の読み方だ、人脈だと何から何まで本当に学ばせて頂きました。
それでも、まだまだ足りないと感じていたので、毎月そういった経営やマネジメント、自己啓発などの書籍には10,000円以上はつぎ込んで読みまくっていました。
たしかに、その間にそういった資本主義の上でのノウハウというか知識は少なからず付きましたが、それを"成長"と一言で呼ぶのは違和感がありました。
プライベートも犠牲にして、その様な社会の最適化をはかってきた僕の人生には今、少なからず金銭は残っても、それで「俺は勝ち組だ!」なんて言葉は出てこず、「何であの時、もっとプライベートを大切に時間を過ごせなかったのだろうか?」という後悔ばかりが顔を出してもいます。
過去の自分が今の自分をみて
「お前は格好良い生き方をしてるよな!」
と言ってもらえる人生を歩んでいるのか?
それを常に自分に問いながら生きている中で考えてしまうことは少なくありません。
また、経営という肩書きで生きていると、そういった資本主義という世の中で成功と呼ばれている人たちと会う機会も多く、またこれからその成功者になりたいと意気込んでいる人とも出会います。
そんな様々な出会いや過去の経験、そしてリアルな人の言葉から
たしかに今、世の中に最適化された人間を目指すことも、金銭だけを求めて生きることも、何かが違うのだと少なからず思ってはいます。
激動の時代の中で安定を求めた瞬間に足下は崩れるのだから。