先日、高校時代の恩師である担任の先生に会った。
相変わらずな表情からは、高校卒業して10年近くなる僕の姿に驚いた様子と、元気に仕事をさせて頂いている姿を喜んでくれた。
会話は自然に高校時代の話になった。
「先生から見て、誰が一番印象に残ってますか!?」
そんな質問をすると、思いがけない言葉が
「思い出してきた。オレがな〜一番印象に残っている生徒は他でもないお前や!天上や!」
と言われた。
「お前はオレにとって憧れやった!」
そんな言葉まで頂けた。嬉しかった。
「お前は何でもやればデキる奴や!だけど、自分のポリシーに合っていない事はやらない!普通はやるんやけど、お前はやらなかった!そんな姿勢が憧れやった!」
そんな言葉から当時を思い出してみた。
担任の先生は英語の担当だった。
全国の英語の模試として旺文社の試験があった。
別に英語が得意な訳でもないけど、僕はその模試で学年で一番の成績を取った(らしい)。
その担任の先生から呼ばれて
「お前は英語が出来る!もっと勉強すれば良い大学に入れる!凄いことやぞ!頑張れよ!」
と言われた。
でも・・・僕はその後、英語の勉強を辞めた(というよりも興味をなくした。)。
今、思えばなんて勿体ないことか(汗)と思えることだけど、当時の僕には「英語がデキル=その後の人生を、それで自分らしく生きれるのか!?」という問いに明確な答えが見つけられなかった。
だから・・・やらなかった。
当時から自分で道は決めていた。そして決断も自分でしていた。
そんな姿が異色に見えたのか、担任の先生には今も一番印象ある生徒として写っていたようだった。
僕の想定外な返答だったのでビックリしたけど、先生がそこまで見てくれていた事に正直に嬉しかった。
今、こうして好きな事を好きなままにやっている姿は、もしかしたら高校生の時と同じ様に、まだ自分らしさを常に探しているのかもしれない。
人生に正解も、答えも、何もない。
あるのは・・・結果に過ぎない。
そして、その結果も・・・あるがままでしかない。
良い結果を出そうと四苦八苦しても、結局は「生きてるだけで丸儲け」という事を頭の中に留めていられるかになるのだろう。
金を稼いだ人がみんな幸せを見つけれたなら、僕は迷いもせずに、その道を選ぶ。
愛に生きた人がみんな幸せを掴めたなら、僕は迷いもせずに、その道を選ぶ。
夢に生きた人がみんな幸せを確かめれたなら、僕は迷いもせずに、その道を選ぶ。
そこに正解はないからこそ、僕は迷い、もがき、苦しみ、少しでも光を目指そうと生きているのだろう。
暗闇しかない毎日の中で、その先に光があると信じて進む人にしか光は見えない。
あっ、そういえば高校の英語の時間にこんなエピソードがあった。
先生は憶えているのだろうか!?
英語のテストで
wish(願う)という単語を使って文章を書け!みたいな問題で、普通にこたえても面白くも何ともないので、とある事をひらめいた!
GLAYのグロリアスという歌の歌詞に
I wish you will be happy life
私はアナタが幸せな人生を送れる様に願っている。
素敵な言葉だと、また売れている曲の歌詞になる程だから文法も完璧だろうと
解答用紙に
I wish you will be happy lifeと書いた。
そして、意気揚々に返って来た解答用紙を見ると
「△・・・・・・」
反論こそしなかったが、文法的には間違っているのか分からないが、この素敵なフレーズに何も感じてくれなかった先生に腹が立った。
そんな笑えるエピソードも今となっては深い記憶の中のひとひらとして存在している。


