僕の青春時代の相棒は音楽ではなく、まさにサッカーでした。
小学3年生から始めたサッカーの旅が(中田 英寿 風に)少年時代の僕のすべてだった気がする。
誰よりも練習をして、ボールを追いかけて、シュートをして、その先に掴もうとしていたのは、やっぱりJリーガーとしての自分の姿だった。
サッカー推薦をもらって、サッカーの名門の大阪金光第一高校に入学した。
きっかけは僕が中学3年の時。
どの高校に入ろうか?どの高校でサッカーをしようか。
悩んでいた時に何気なく観に行った冬の高校サッカー選手権大阪大会の決勝戦。
金光第一高校と近畿大学付属高校の試合だった。
その試合の中で金光第一のとある選手のプレーに釘付けになった。
高校1年生ながら背番号7番を背負いゲームを支配する選手。
僕と1つしか学年が変わらないのに、すでにチームの中心選手として活躍する斉藤 大介という選手のプレーに度肝を抜かれた。
同じボランチというポジションだったからという訳ではなく、プレースタイルそのものが自分が目指していたものだった。
視野が広くて、パスセンスがあって、何よりも落ち着いてプレーをしている。
観客席で僕の隣に座っていた人が言う。
「あの金光の7番、1年やって!凄いな〜!あれは凄い選手になるで!」
試合は近畿大学付属高校が勝ち、冬の選手権に大阪代表として出場が決まった。
だけど、僕の中では進路が完璧に決まった。
金光第一に入って、あの斉藤さんと一緒にプレーがしたい!
そして、入学。
人生で何度も挫折はあったけど、あれほどまでに深い挫折を味わったのは始めてだった。
プライドは一瞬で崩れて、自分の信じていたものがゼロになった。
中学時代は神戸の選抜にも選ばれて、サッカー推薦で入学したのに、フタを空けたらチームの3軍に所属させられていた。
強いチームになると部に所属する生徒の数も多くなる。
実際、僕が入学した時は前年度に選手権の大阪予選の決勝まで進んだ事からサッカー部への入部志願者が1学年で100人いた。
一学年が400人なので4人に1人がサッカー部・・・。
サッカー部は全人数でも200人近くいた。
その中で1軍として試合に出れるのは11人。
1軍(Aチーム)は1年から3年までの混合で35人ほど。
2軍(Bチーム)は1年から3年までの混合で70人ほど。
3軍(Cチーム)は1年から3年までの混合で100人ほど。
僕はこのピラミッド構造のチームの一番末端にいた。
こんなはずじゃない・・・(汗)。
毎日がそんな焦りとの戦い。
もちろんグランドはAチームが使用する。
Bチームもグランドの端で虎視眈々とAチーム昇格を目指して練習をする。
Cチームの僕達はひたすら、学校の周りを・・・走る。
腐りかけた時、練習後のグランドを見る。
練習を終え、時間は夜の8時を過ぎたグランドに、ひとりで居残りで自主連をする斉藤さんの姿を見る。
チームの不動のボランチとして、中心にいるのに、まだまだ上を目指して、地道に基礎を練習している。
僕は泣いたのを憶えている。
自分の小ささを痛感して、努力し続ける事の大切さを確認した。
それからは神戸から通学していたにも関わらず、誰よりも遅くまで居残りで練習しては、少しづつ上を目指して努力を続けた。
斉藤さんから学んだサッカーに対する姿勢を持って。
そして、Cチームに所属して1週間・・・異例の早さで僕のみがBチームに昇格した。
それからも、ひたすら上を見て努力を続ける日々。
高校2年の時は3年の試合にも出る事が出来た。
遠征にも参加する事が出来た。
そんなある日、自主練で残る斉藤さんが話かけてきてくれた。
同じ様なプレースタイルの僕に、どんな練習をすれば良いのか!
基礎の練習がどれだけ大切か!
もっと周りを見てプレーした方が良いとか!
多分、もっと多くの事を教えてくれたけど・・・僕は斉藤さんが教えてくれている事実に嬉しくて、頭が真っ白になっていた。
そして、僕が高校2年で斉藤さんが高校3年の冬・・・。
冬の選手権の大阪大会決勝で
金光第一高校は清風高校を3−0で破り、初の選手権出場を成し遂げた。
全国の舞台でも一番の注目選手になっていた斉藤さんには,その後プロのJリーグチームからのオファーが多くあった。
僕が知るだけでも、京都サンガ、ガンバ大阪、セレッソ大阪、ジェフ市原。
当時はガンバ大阪が有力と言われていたけど、ガンバ大阪には稲本という日本代表の選手が斉藤さんと同じポジションにいた。
そこで斉藤さんは京都サンガに行った。
まぁ、サンガには今の日本代表の司令塔の遠藤選手がいたんだけど。
でも、その後サンガのキャプテンにまでなって、オシムさんも注目する選手になって・・・。
でも、サンガの監督が変わって、出場機会が減って、気が付いたらベガルタ仙台に期限付きでレンタル移籍していたけど、今、こうしてJ1昇格の入れ替え戦に出ている。
チームを引っ張っている。
多分、仙台でも毎日遅くまで残って、基礎の練習をして、地道に一歩づつ上を見て頑張っているのだと思う。
その斉藤さんの姿勢に触れる度に、僕は自分の背筋を伸ばして、自分の今を再確認する。
J1で活躍する斉藤さんを心待ちにしながら、日本代表のユニフォームを着る斉藤さんを心待ちにしながら、僕も僕のフィールドで活躍しようと頑張りたい!
参考記事:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081210-00000525-sanspo-socc


林卓人についてもぜひ
