仕事上、色々なメールマガジンを取って読んでいますが、昨日「無印良品」から来たメールマガジンが凄く考えさせられました。
「壁」という概念について。
メールマガジンの一部を引用します。
郊外に住むということ
「郊外」という概念がうまれてから100年以上が経とうとしています。
この概念がうまれたのは、産業革命によりたくさんの人が都会に住むようになってから、と言われています。
高密度な都会で働く人たちは、都会からほどよい距離の「郊外」に家を持つことが理想となっていったのです。
郊外に住むということは、田舎と都会の両方の良さをあわせ持つことと言えます。
都心から程よい距離で、緑が豊かな、環境のよい場所で暮らすということです。
しかし、本当の田舎とは違い、郊外には敷地面積にも限りがあります。
日本の場合、東京の郊外などを想定すると敷地の大きさは50坪前後ということになるでしょうか。
限りある土地に、緑が豊かなまちを求めると、計画的に家を配置していかなくてはなりません。
家と家の間を考える
計画的に家を配置することは、家そのものを考えるだけでなく、家と家の間を考えることではないかと思います。
今まで狭い隙間でしかなかった家と家の間を広くし、きれいな緑を植えることで気持ちの良い空間とする。
家と家の間が気持ちの良い空間になると、まち全体が気持ちの良いまちなります。
また、隣の家や向かいの家との間にコミュニティーがうまれます。
向こう三軒両隣といいますが、昔から近隣とのコミュニケーションはこうした間で育っていくものだと思います。
自分で手入れをする庭の緑は、実は隣の人のためになり、隣の人の手入れをする庭は自分のためになる。こんな関係になったらいいと思いませんか?
家と家の間にある、ブロックの塀にどのような意味があるのでしょうか。
(引用ここまで)
なるほどな〜と。
例えば、マンションで隣の人がどんな人かすら知らない。
すれ違っても挨拶はしない。
それが当たり前の様になりつつある世の中で、こういった「壁」に一度疑問を投げかける。そこから新しい(今まであったはず?)のライフスタイルを取り戻す。
こんな世の中です。
企業も社会も、隣と手を組んで、一緒に育てていく。
自分達さえ良ければ・・・そんな考え方ではなく、壁を取っ払って一緒に空間や人を共有して育てていくことの大切さを考えさせられました。


確かに・・・・
隣近所との付き合い方は
大きく変わりましたが
基本的に人は人とつながるために生きている
と言っても過言ではないかも・・
うちのやっている
「子どもと一緒に働こう!」のプロジェクトは
近所にチラシを撒いたところ
なんと!半径500M区間から2件も
「仲間に入りたい!」とのラブコールがありました!
やはり人は人とつながることでしか
自分を確認できない生き物なんですね。
特に子育ては地域のサポートがないと
かなりハードな取り組みになります。
子どもの視点から日本を変えるプロジェクト
がむばります!
megumi さん >
それは凄い感じますね。
生き甲斐も人で、ストレスの種も人
この世の中にいる限りは人ですね。
