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   <title>生きるとは知るコト</title>
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   <updated>2010-03-15T04:00:18Z</updated>
   <subtitle>天上 博規 公式サイト</subtitle>
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   <title>Twitter商店街増加で錦市場も導入</title>
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   <published>2010-03-15T03:01:32Z</published>
   <updated>2010-03-15T04:00:18Z</updated>
   
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="社会環境" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/nishikiichiba_01.jpg" />

どれ程、世の中がインターネット化して便利になったと言えども、地方都市や地元の現場を見てみると、やはり前世代より寂れた感があれど、街の商店街という場所は人々の生活になくてはならない空間だと感じている。

なぜか分からないが、商店街に行くと"心が落ち着く"のは、そこに日本人としての生活の根っこがあるのではないかと思ってしまう。

そんな商店街だが、ウェブ上で流行っている"Twitter"を導入する事で、リアルな集客を増やすという現象が起きている。

Twitterと商店街の相性の良さの秘訣を考えてみると、Twitterという「つぶやき」コミュニケーションが日常の商店街で行われているお店とお客の間の世間話に似た何かが一緒なのではと思った。

「今日の大根はいいよ〜！」
「じゃ〜それもちょうだい！」

そんな商店街の会話がTwitter上でそのまま行われている。

観光客にも人気が高い京都の錦市場では大阪のデジタルハリウッド校との共同プロジェクトでホームページを開設。

リンク：<a href="http://www.kyoto-nishiki.or.jp/" target="_blank">錦市場公式サイト</a>

サイト上で市場の各店舗がTwitterアカウントを取得して情報を発信していこうという試みを行った。

ポイントは商店街全体ではなく、各店舗単体で「地域を活性化しよう」という部分。
広告代理店に依頼するのではなく、小さな店舗が恊働で活用する事が全体の底上げになっている。

まだまだTwitterそのものの流行り感があり、本質的な利用という部分では課題が残る。

錦市場も含め、商店街のTwitterアカウントと各店舗のアカウントがいまひとつ連動していない結果、錦市場の場合はサイト上に各店舗のアカウントのつぶやきをまとめた「<a href="http://www.kyoto-nishiki.or.jp/tsubuyaki/" target="_blank">まとめページ</a>」はあるもが、このサイト上で閲覧できるのみで、ユーザがTwitter上でその情報を受け取ることはできない。

今後はユーザ側からアクションを起こさなくても自然と情報が入ってくるようなど、商店街の息遣いが自然と聞こえてくると面白い。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/nishikiichiba_02.jpg" />

この様なTwitterという手軽な情報発信媒体とリアルが結びつく事例はこれからも注目していきたい。

・<a href="http://twitter.com/nisiki__ichiba" target="_blank">京都錦市場</a>
・<a href="http://twitter.com/jikemachi" target="_blank">じけまち商店街（兵庫県加古川市）</a>
・<a href="http://twitter.com/kkaichou" target="_blank">鬼子母神通り商店睦会</a>
・<a href="http://twitter.com/shop_kanazawa" target="_blank">金沢市商店街連盟</a>
・<a href="http://twitter.com/AsakusaSenzoku" target="_blank">浅草千束通り商店街</a>
・<a href="http://twitter.com/ebisubashi" target="_blank">戎橋筋商店街</a>
・<a href="http://twitter.com/jizou_street" target="_blank">江戸川橋地蔵通り商店街</a>
・<a href="http://twitter.com/1002st" target="_blank">千駄木二丁目商店街振興組合</a>
・<a href="http://twitter.com/e_katamachi" target="_blank">石川県金沢市片町商店街振興組合</a>
・<a href="http://twitter.com/hondoori" target="_blank">広島本通商店街</a>
・<a href="http://twitter.com/suidousuji1" target="_blank">水道筋1丁目商店街</a>

2006年に始まったTwitter・・・当時、すぐに飛びついたものの・・・正直面白さが分からずにアカウントだけ放置状態な訳ですが、最近の仕事などで、やっぱり必要に駆られたので近々、再開してみようかなと少々感じています。

また、始めたらフォロー宜しくです。

リンク：<a href="http://twitter.com/tenjo">天上博規Twitterアカウント</a>]]>
      
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   <title>夢や勢いがある時代への&quot;憧れ&quot;</title>
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   <published>2010-03-11T01:30:50Z</published>
   <updated>2010-03-11T01:44:20Z</updated>
   
   <summary>先日の産經新聞に「【大阪万博40年】あの輝き知らぬ若者、見えぬ希望を重ね」という...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="1981" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[先日の産經新聞に「<a href="http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100311/trd1003110905002-n1.htm" target="_blank">【大阪万博40年】あの輝き知らぬ若者、見えぬ希望を重ね</a>」という記事が掲載されていた。

32歳の女性は記事の中で写真や人の話でしか知らない万博を「万博で初めてインドカレーを食べた。初めて外国人をみた。そんな話を聞くとうらやましい。今はテレビもインターネットもあって、驚きや感動の体験がないから…」と熱く語った。

そして、彼らの言葉に共通するのは、夢や勢いがある時代への"憧れ"だと同誌は指摘した。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/atusatolife_01.jpg" />
（写真は2009年の音楽イベント"そら祭り 北海道"より）

若者の価値観や消費行動を分析した『<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0ac37d1e.85670a0e.0ac37d1f.9c26897c/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f3639320%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f11523396%2f" target="_blank">下流社会</a>
』の著者、三浦展氏は、こうした若者を「今は給料は上がらずボーナスもカットでは未来どころじゃない。一方で、i Phone ひとつで世界とつながる『夢の時代』は現実になった。夢の暮らしをしている今の若者に夢は描きにくい。高度経済成長期を知らない若者が夢や希望、達成感、国民が一丸となる何かを味わいたいと思うのは自然なことではないでしょうか」と分析する。

「一度でいいから大阪万博に行ってみたかった」と今の若者はいう。

「だって、写真をみていると、みんなニコニコしていて楽しそうなんです」

そう、つぶやく若者たちが描く未来は何色になるのか？

同じ世代をリアルタイムで実感しながら生きる自分自身にとっても、とても他人事で済ませれない事実であり、無視できない現実だ。

インターネットやメールでつながっている希薄な繋がりが当然となった今の時代に、国民が一丸となり喜びや悲しみを味わいたい！
そう思えるのは自然な事だと思うと、オリンピックの盛り上がりや6月から始まるサッカーW杯に向けての盛り上がりなど、歓迎すべき事だと再確認している。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/atusatolife_02.jpg" />
（写真は2009年の音楽イベント"そら祭り 北海道"より）]]>
      
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   <title>43歳の現役カズの挑戦はじまる</title>
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   <published>2010-03-08T01:18:27Z</published>
   <updated>2010-03-08T01:42:57Z</updated>
   
   <summary>3月6日から今年のシーズンが開幕したJリーグだが、今年はJ1はもちろんのこと、J...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="サッカー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[3月6日から今年のシーズンが開幕したJリーグだが、今年はJ1はもちろんのこと、J2に注目してみたい！

3月7日に行われたJ2 横浜FCと今年からJ2への参入が認められたギラヴァンツ北九州の試合で横浜FCのFWカズ（三浦知良：43歳）が自身の持つJリーグ最年長出場記録を43歳9日に更新した。

カズはJリーグ1年生の北九州をホームに迎えた開幕戦の後半33分、FW大黒将志（29）に代わって出場。
攻撃では見せ場はなかったものの、豊富な運動量で逃げ切り勝利に貢献した。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/number11_kazu_01.jpg" />

2-0で迎えた後半33分。横浜FCの元日本代表FWカズが、今季開幕戦のピッチに登場。
大興奮する4,506人の観衆の前で、縦横無尽に走り回った。

「（最年長は）どうってことない。注目されていることはモチベーションにつながるけど、やっぱり活躍しないとダメ。もっと長く試合に出られるようにしたい！」

43歳がプレーしたのは、もちろんJリーグ始まって以来の快挙。
しかし、カズは最後まで無関心を貫いた。
それよりシュート無しで無得点に終わった自らのプレーを猛省。
2-0の勝利にも「まだ1試合。次の試合（岡山戦）が大事」と言い切った。

先月2月26日の誕生日は、J1、J2全37クラブの監督と選手代表が一堂に会する「キックオフカンファレンス」の当日。
壇上で43本の赤いバラを贈られ、Jリーグが選手の誕生日を祝福するのは初めてという出来事だった。

40歳を越えた現役選手として年を重ねることを意識せずにはいられないが、それをパワーへと変えてしまうのがキングの“凄み”に他ならない。

プロ25年目の今季は南アフリカワールド杯が開かれる。

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98年フランスＷ杯直前で代表落ちし、「魂だけはフランスに置いてきた」と涙を隠したカズは同じ監督の岡田ジャパンに「プレッシャーはあると思うが、それだけ監督はやりがいがある。まずは（W杯で）1勝を目指し、みんなの応援を支えにして頑張ってほしい」とエールを送った。

円熟味を増した今「自分たちの目標を達成することが大事。ぼくらが（Ｗ杯を）意識することはない」と、横浜FCのJ1昇格だけを見据えるカズはJリーグ創設以来となる18年連続ゴールの金字塔に向け、新たなシーズンをスタートしたばかり。]]>
      
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   <title>フェアトレードを目指すルワンダ発の音楽レーベル「Rafiki Records」</title>
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   <published>2010-03-06T04:26:35Z</published>
   <updated>2010-03-06T04:48:14Z</updated>
   
   <summary>1990年代の長期にわたる内戦や部族抗争による大量虐殺など、悲しい時代を築いてき...</summary>
   <author>
      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[1990年代の長期にわたる内戦や部族抗争による大量虐殺など、悲しい時代を築いてきた中部アフリカのルワンダ。

参照：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E7%B4%9B%E4%BA%89" target="_blank">ルワンダ紛争</a>

そんな同じ国民同士が殺し合い、奪い合った過去から10年以上が経過し、ルワンダの街には流れた血に祈る様にゴスペルやレゲエ・ヒップホップなど、アフリカ独自の音楽が流れ始めている。

そんな活気を取り戻し始めたルワンダに誰もが楽しめる持続可能な音楽ビジネスを発展させるべく、独立のレコードレーベルが設立した。

「Rafiki Records」と名付けられたレーベルの一連の取り組みに中心的にかかわったのは英国のプロデューサーDicken Marshall。

公式サイト：<a href="http://www.rafikirecords.com/" target="_blank">Rafiki Records</a>
My Spaceサイト：<a href="http://www.myspace.com/dickenmarshall" target="_blank">Dicken Marshall</a>

音楽の本場・英国で数々のプロジェクトやミュージカルに参画してきたDicken Marshallは、ルワンダ音楽を世界に広めようと「Rafiki Records」の設立と同時に、ルワンダのチャリティ団体「Solace Ministries」や英国からのボランティアたちの協力を得て、レコーディングスタジオ「Solace Recording Studio」を建設した。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/afurika_ruwanda_01.jpg" />

公式サイトによると現在の所属ミュージシャンは8組。

伝統的なアフリカ音楽（民族音楽）を追求しているアーティストもいれば、レゲエやゴスペルなど、ジャンルは多彩。

「Rafiki Records」はルワンダのミュージシャンの為のコミュニティをつくり、健全な音楽ビジネスを育てようというビジョンのもと、2009年5月にルワンダ初のレコードレーベルとして設立された。

「音楽ビジネスを持続可能なものとするためには、アーティストとレコードレーベルとのフェアな取引が不可欠」との信条からミュージシャンを過剰な搾取から保護するのみならず、従来は売上の数%～10%といわれる原盤印税においてもミュージシャンとレコードレーベルは“イコールパートナー”。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/afurika_ruwanda_02.jpg" />

収益は互いに折半とし、ミュージシャンが売上の50%を得る仕組みになっている。

国際貿易における先進国と途上国の公平さを図り立場の弱い途上国の生産者・労働者により良い取引状況を提供し、彼らの権利を強化することで持続可能な発展が実現できるように貢献するという考え方のフェアトレードを音楽といったクリエイティブな領域においても、供給者と購入者との公正な関係づくりは、持続可能な経済活動にとって必須。

音源のパッケージ産業が破綻した日本においても将来を考えると「Rafiki Records」の様な「音楽版フェアトレード」の取り組みは、デザインやアートといった他のクリエイティブ活動にも応用できうるパイオニア的事例になる。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/afurika_ruwanda_03.jpg" />]]>
      
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   <title>沖縄の海を再生するナイナイ岡村隆史主演の映画「てぃだかんかん」</title>
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   <published>2010-03-05T04:48:09Z</published>
   <updated>2010-03-05T04:55:32Z</updated>
   
   <summary>世界で初めてサンゴの移植と産卵を成功させた男と彼を支える妻、そして家族の軌跡を描...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="社会環境" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[世界で初めてサンゴの移植と産卵を成功させた男と彼を支える妻、そして家族の軌跡を描いた映画『てぃだかんかん～海とサンゴと小さな奇跡～』（李闘士男監督）が4月24日から全国で上映される。

公式サイト：<a href="http://tida.goo.ne.jp/" target="_blank">てぃだかんかん</a>

30年前と比べて、実に9割ものサンゴが死滅した沖縄の海を甦らせようと、私財を投げ打ってサンゴの再生に挑戦した金城浩二氏の実話をもとにしている。
また「ダイビングが趣味」というナインティナインの岡村隆史が芸人としてのキャラクターを封印し、体当たりで主役に挑戦した点にも注目だ。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/dedakankan_01.jpg" />

沖縄で生まれ育ち、小さい頃から海と生き物が大好きだったという金城浩二氏は1998年、エルニーニョ現象によってサンゴ礁が大量に白化するのを目の当たりにする。

「小さい頃に見た青い海とサンゴ礁をよみがえらせる。子どもたちに、きれいな海を見せたい！」

と一念発起した金城氏は「海の種」という会社を立ち上げ、今まで誰もなし得なかったサンゴの再生に挑戦する。

とはいえ専門知識ゼロ、「ど素人」からのスタートだったという金城氏。
試行錯誤、学会の無理解とバッシング、資金難などにもめげず、1999年から開始したサンゴの移植は2007年6月、北谷町沖でのサンゴの産卵によってついに実を結ぶ。

30年前の10分の1にまで減少した沖縄のサンゴ礁だが、その原因はエルニーニョだけではない。
赤土の流出や海岸の消滅など、長年の開発行為に伴う自然破壊もまた、今日の結果をもたらしているのは明らかだ。
そして、泡瀬干潟埋め立て事業や、米海兵隊普天間基地の移設先をめぐる動きも、沖縄の海の将来に暗い影を落とす。

けれども金城氏のチャレンジは、たとえそうした状況にあっても、海を甦らせるためのヒントや方法はあるということを私たちに教えてくれる。
開発そのものを止めなければ、移植したサンゴの成長も危うい。
しかしサンゴの移植を通じて、海や生き物に関心を寄せ、自然をいとおしく思う心を育むことができるなら、それはやがては開発そのものを止める力にも成長するだろう。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/dedakankan_02.jpg" />

映画では主演の岡村隆史に加え、その妻を松雪泰子が好演。
國村隼、浅田美代子らベテラン俳優もしっかりと脇を固め、見応え十分だ。

この映画の為に何度も沖縄に足を運び、沖縄の方言をマスターした岡村隆史は芸人としてではなく、ひとりの夢に生きる男を見事に演じ切った。

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「ナインティナインのオールナイトニッポン」のヘビーリスナーとしては確実におさえておきたい映画は4月24日から全国で上映開始！

公式サイト：<a href="http://blog.goo.ne.jp/tida_kankan/c/4b31aa65021db4775fde0a1aa24ef70f" target="_blank">前売り券発売劇場</a>]]>
      
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   <title>今どきの若い子</title>
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   <published>2010-02-18T05:24:56Z</published>
   <updated>2010-02-18T05:34:11Z</updated>
   
   <summary>2週間程前からぜっと咳が出ていて風邪なか〜と思いきや喉は痛くない。 そんな日々で...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[2週間程前からぜっと咳が出ていて風邪なか〜と思いきや喉は痛くない。
そんな日々で、とにかく気持ちが悪いので病院へ行きました。

幼稚園の頃から風邪をひいたら、ここに行くという神戸の阪急御影にある耳鼻咽喉科なんですが、そこで病院の先生に言われました。

「どんな調子？」

「2週間前から咳が出て、喉は痛くないけど、咳だけが出ます。」

「どこか苦しい感じする？」

「胸らへんが違和感あるような・・・」

「胸（らへん）って、今どきの若い子が使う言葉やな（笑）（らへん）って。」

「・・・・・」


そうか〜と思いました。
多分、自分では俗にいう（今どきの若い子）という意識はなく、今年で29歳という事もあって・・・正直に驚きました。

よくよく考えると何気ない会話の中で色々と（今どきの若い子）が使っている言葉を並べてる自分がいます。


そして、先日のこと。
とある豊中の福祉施設に撮影の仕事で行った時に施設に入居されるおばあちゃんから「お兄ちゃんはイケメンやな！」と言われました。

そして、僕の鋭い返しは「おばあちゃん、イケメンって意味知ってるん？」。

おばあちゃんは笑いながら「最近、教えてもらってん。それにしても兄ちゃんはイケメンやな〜」と続けます。

こうなると、もはやこの90歳を過ぎたおばあちゃんも（今どきの若い子）なんじゃないかと思います。

という事で今どきの若い子がやりそうな事を最後に！
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/imadoki_01.jpg" />

気持ち悪いですね（笑）。]]>
      
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   <title>アビイ ロード スタジオ売却へ</title>
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   <published>2010-02-16T10:40:13Z</published>
   <updated>2010-02-16T10:46:03Z</updated>
   
   <summary>ビートルズがレコーディングに活用し数々の名曲を生んだ英ロンドンの「アビイ・ロード...</summary>
   <author>
      <name>天上 博規</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[ビートルズがレコーディングに活用し数々の名曲を生んだ英ロンドンの「アビイ・ロード・スタジオ」が、親会社の音楽大手EMIグループにより売りに出されていることが分かった。
（16日付の同国紙フィナンシャル・タイムズが報じた）

EMIは販売不振で深刻な経営難に陥っており、数千万ポンド（1ポンド＝約141円）に上るとみられる売却収入を自社の運転資金に充てたい考えだ。

同紙によると、ビートルズは1962〜69年に約9割の曲を同スタジオで録音。
ピンク・フロイドなどの著名アーティストも好んで利用した。
ただ近年では、利用料が割安で技術的に優れた他国のスタジオとの競争にさらされており、EMIが高価な施設を保有する理由が薄れていたという。
スタジオの名称は通り名に由来し、スタジオ前の横断歩道では、ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」のジャケット写真も撮影された。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/abbeyroadstudio_01.jpg" />

そういえば、フジファブリックもこのスタジオでレコーディングしていた様な。

しかしレコーディングとは面白いもので、国によって違う電圧の影響でエレキギターやエフェクターなどの音のかかり方が違ってくる。

やっぱりアメリカ西海岸の乾いたサウンドやイギリスの湿ったサウンドはその国々の空気感や電圧などが影響していると思うと、アーティストがレコーディングの為に海外に行く理由もうなずける。

どうしても日本だと出せない音っていうのは存在する。]]>
      
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   <title>スタートライン</title>
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   <published>2010-02-15T02:53:24Z</published>
   <updated>2010-02-15T03:42:55Z</updated>
   
   <summary>2010年2月12日（金）大阪梅田にあるライブホール「梅田akaso」での一日は...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[2010年2月12日（金）大阪梅田にあるライブホール「梅田akaso」での一日は当事者の森 源太の言葉を借りるなら「何かが起きる一日」そのものだった。

ライブが決定した時から公言していた「300人のお客さんを集客する」という目標は結果的に350人が集まり、梅田akasoは人で溢れかえっていた。

ステージから客席を見渡すと誰もが笑顔でライブを見つめている。
一音一音を聴き逃さない様にと必死にカラダ全体を使って受け止めてくれていた。

子供からお年寄りまで誰もが笑顔になった、あの一日を振り返ってみる。


2010年2月12日
12：00　梅田akaso　会場入り
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_01.jpg" />
梅田バナナホールから梅田akasoへと変わった会場はバナナホールの面影を残しながらも洗礼された新時代のライブホールへと生まれ変わっていた。
すでに物販ブースではスタッフが準備をはじめ、ステージ上でも着々とステージがセッティングされていた。


13：00　リハーサルスタート
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_02.jpg" />
ギターのセッティングをしながら今日のセットリストを確認。
スタジオリハーサル中にバンドメンバーに迷惑をかけていた風邪予防の為にマスクを着用！

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_03.jpg" />
バンドメンバー全員での最終の音合わせでは、すでにライブの大成功を予感させる仕上がりになっていた。メンバーが多いのでステージが狭く感じるが、メンバー同士のお互いのスペースの確認や、それぞれのモニター（返し）の位置確認など、現場でしか分からない最終チェックは開場30分前まで続いた。


18：30　開場
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_04.jpg" />
会場の前には、すでに長蛇の列が続き、この日のライブを楽しみにしていたファンが全国から集まってくれた。
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_05.jpg" />


20：00　開演直前
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_06.jpg" />
それぞれがステージ衣装に着替え、ステージ袖に集合。
心地良い緊張感ながらもメンバー全員が終始笑顔でリラックス状態。
余計な力みが入っていないのは、さすがプロの集団。
そして、満員の観客が待つステージに向けてSEが鳴り始めライブスタート！


20：30　ライブスタート
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_07.jpg" />
個人的に一番好きな曲「希望」からライブはスタート！
今までの森 源太にはなかった（ライブバンド）としての勢いあるステージングにお客さんも全力で応えてくれた。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_08.jpg" />

用意が良いというのか、ちゃっかり者のドラムの萩原新司は着ぐるみでダンスコーナーに登場。ドラムを叩く事を忘れて踊り狂う始末。
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_09.jpg" />

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_10.jpg" />
小さい子供も必死に声を上げ、手を挙げ、盛り上がってくれた。


22：00　アンコール前
<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_11.jpg" />
アンコール中の楽屋ではTシャツに着替えながら、倉田大輔（写真右）と談笑。
「倉ちゃん、もっと暴れたら（笑）アントニオ猪木みたいに。」
「じゃ〜アンコールで出る時は猪木で出るわ。」
実はそんな会話があった事は今となっては知る由もない。


<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_12.jpg" />
アンコールでは会場全員が踊りながら、ライブを楽しんでいた。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_13.jpg" />

そして、全22曲の2時間30分のステージは無事に終了。

■セットリスト
①希望
②夕焼け
③胸を張ればいい
④きみのこと
⑤シロツメ草
⑥キラキラ
⑦一輪
⑧きっと誓う大切な人
⑨ヒヨコ
⑩強く在りたい
⑪祈るクリスマス
⑫信じ抜くなら
⑬確かな想い
⑭生命
⑮絆
⑯大丈夫
⑰みち
⑱生きなきゃ損々
⑲穹

アンコール
①桜の頃
②こまかころんごと
③うた


ライブ終了後、高校生くらいの男の子と、そのお母さんがやってきて声をかけてくれた。
「息子が天上さんのギターを弾く姿を見て自分もギターをやりたいって。」

自分自身が音楽をしていて、ステージで楽器を持って演奏している理由は「誰かの夢になる」に他ならない。
自分がステージに立って演奏した姿を「自分自身の将来の夢」と重ねてくれた事は本当に嬉しくミュージシャン冥利に尽きる一言を頂いた。

「是非、息子さんにギターを買ってあげて下さい！」
そう伝えれた自分自身の今までの道は少しは間違っていなかったかなと、心が救われた気持ちになった。

森 源太と出会い9年程が経つ。
彼がママチャリで日本一周をしている最中に出会い、森 源太の音楽を少しづつ理解して、そして手伝いサポートする様になり、一緒に少しづつ大きな会場で、少しづつお客さんも増えて、そして一緒に夢を掲げた歩んで来た。

「2007年にZEPP OSAKAで1000人集めてワンマンライブしよう」
そう森 源太が言って、そのまま2人でZEPP OSAKAの事務所に電話をした。

「1年後ですが、予約できますか？」

呆気なく断られて、その後・・・森 源太はカンボジアへ旅立った。
「何年間か分からないけど、今・・・カンボジアに行かなかったら一生後悔する。」
箕面のガストに急に呼び出されて、そう切り出した源太に「行ってこい！そして最高の歌を向こうで作ってこい！」と送り出した日を昨日の事に思い出しながら、満員のお客さんを前に最高の笑顔で唄うステージ上の森 源太を隣で見ていた。

カンボジアで彼が作った曲たちを演奏しながら、実はステージで何度も何度も泣きそうになった。

歩んで来た道の険しさや、それでも自分らしく在ろうと、その道を信じ続けた背中を思い出してしまった。

さて、この道はこれで終わりなんかじゃない。

ここからが新しい道のスタートラインに過ぎない。
近い将来、今度は必ずZEPP OSAKAで、NHKホールで、武道館で、東京ドームで、紅白歌合戦で、レコード大賞で・・・そのステージで森 源太の歌声を響かせてやりたいと思う。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/akaso_live_photo_14.jpg" />


■穹 -そら- プロモーションビデオが完成！
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   <title>聴こえるはずのない天からの声</title>
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   <published>2010-02-11T01:42:26Z</published>
   <updated>2010-02-11T02:04:24Z</updated>
   
   <summary>さて、気がつけば遠い将来だった日が明日となった。 森 源太の梅田AKASOでのワ...</summary>
   <author>
      <name>天上 博規</name>
      
   </author>
         <category term="音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[さて、気がつけば遠い将来だった日が明日となった。

森 源太の<a href="http://www.akaso.jp/schedule/details.php?evid=160&gmnid=index.php&monthid=" target="_blank">梅田AKASO</a>でのワンマンライブに向けてバンドメンバー、そしてスタッフともに準備はしっかり行い、あとは本番をどのように迎えるかという気持ちのレベルに達している。

音楽というものは生き物のように様々な表情を見せてくれる。

楽曲が生まれた日に見せてくれる表情。
スタジオでアレンジを考える日に見せてくれる表情。
レコーディングではじめて教えてくれる表情。
CDとなりオーディオプレイヤーから聴かせてくれる表情。
ライブでお客さんを前に見せてくれる表情。

同じ曲なのに、聴こえる場所やそこに誰かがいるだけで、全く違う曲になっていく。

特にライブは不思議なマジックを何度も見せてくれる。


森 源太と一緒にライブをしていると、どこからともなく不思議な声を聴くときがある。

「生命」という曲。

ステージで演奏している森 源太と僕にだけしか聴こえない女性の声。

優しい母のような、すべての過ちさえも包み込むような女性の唄う声が聴こえる時がある。

ステージから客席を見渡しても、唄っている女性の姿はない。
その声は天から降ってくるように頭の上から聴こえてくる。

森 源太と顔を見合わせて「聴こえてるよな」と確認をする。

時々、聴こえるあの女性の声の正体は分からないが、僕と源太はライブの雰囲気やそこに何か神がかるステージが出来た時にだけ訪れる声を楽しみに「生命」を演奏している。
（明日のライブでも演奏予定なので聴こえたという人はまた教えてほしいが、今のところ、客席から聴こえたという人はいない）


そんな不思議な何かが起きる予感もする明日のライブ。
是非とも一緒にその輪の中で心を温めて欲しいと願っている。

また、明日会いましょう。

★森 源太 ワンマンライブ
　<a href="http://www.akaso.jp/index.php">梅田 AKASO</a>
　開場／18:30　開演／19:30
　出演／森 源太
　サポート／天上 博規（Guitar）・のりすけ（Bass）・萩原 新司（Drums）
　つる（Percussion）・リホ♪（Keyboard）・Ailing（Chorus）・倉田 大輔（Guitar）
　O.A／種まきピアニストりほ・Formosa
　チケット／3,000円（一般） / 1,000円（11歳〜中学生以下） / 無料（10歳まで）
　※ドリンク希望の方は受付にて500円お支払下さい！

　<a href="http://www.morigenta.net/live.html#akaso">チケットのご予約はこちらより</a>

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   <title>品格という言葉を誰が問う</title>
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   <published>2010-02-10T02:00:43Z</published>
   <updated>2010-02-10T02:23:33Z</updated>
   
   <summary>朝青龍の引退後、様々なメディアがその後の報道を繰り返す。 個人的に色々と感じる事...</summary>
   <author>
      <name>天上 博規</name>
      
   </author>
         <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[朝青龍の引退後、様々なメディアがその後の報道を繰り返す。
個人的に色々と感じる事も多く、すでに相撲界から引退したのに未だに過去の様々な不祥事を引き抜いては、それに関連付けた様に「格闘技へ転身か？」など憶測を流している。

「もう放っておいてあげたらいいんじゃないの？」

と思うのだが、どうも日本人は朝青龍というモンゴル人の29歳の青年がお好きでないらしい。

相撲という国技の横綱には単なる相撲というスポーツの王者という意味以外にも様々な付加価値が求められる。

心・技・体のすべての面において充実を求められ、土俵上でもプライベートでも「品格」が期待される。

この「品格」という言葉にまさしく朝青龍は引退へ追い込まれたに違いない。

そして、この「品格」という言葉こそが自分自身の喉に引っかかっていた違和感の正体だった。

朝青龍の数々の破天荒な言動は国技の最高峰にいる選手として見ると責められるのは当然だし、今回の泥酔暴行騒動も弁解の余地はないと感じる。

しかしメディアで報道されるコメンテーターたちが言う「横綱の品格」という1点だけを持ち出して糾弾する姿には違和感を憶える。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/asasyoryu_hinkaku_01.jpg" />

「●●の品格」というタイトルにすれば本が売れてしまう、この時代はまさしく誰もが「品格」に飢えているかの様に感じる。

それは戦後の日本が経済成長と引き換えに失ったもののひとつが「品格」だったからだろう。

忍耐・誠実・慈愛・勇気・・・日本人の美徳の多くを失ってきた。

そもそも相撲界に話を戻すと朝青龍に日本人としての、横綱としての「品格」を伝える必要があったのは師匠の高砂親方の役目だった。
それ以上に相撲協会全体で外国人力士を受け入れるなら教育体制を整えるべきだった。

その相撲協会において元横綱審議委員会委員の内館 牧子は最後の最後まで朝青龍の横綱における品格を否定し続けたが、コメントから感じるのは単純に朝青龍が嫌いという個人的な妬み。

多分、朝青龍に「品格」を教育できる人などいなかったのだと思う。
国自体に「品格」が問われる今の時代に誰が教えれるのか。

朝青龍が引退会見をしたその日、政治資金規正法違反で不起訴となった政権与党の幹事長は政治的、道義的責任をとる気はなく、ほおかむりを決め込んでいる。

誰が朝青龍の品格を否定できるのだろうか。

今、ワイドショーなどの報道は本質を見れば、すべて「品格」の欠如を叩き合うものになっている。

モンゴルの大草原からやってきた16歳の少年は、その負けん気と身体能力の高さで日本の相撲界の頂点になり、日本が失った「品格」の標的となり、土俵を飛び出した。

朝青龍を失った相撲界はこれからどうなるのか？
ひとつ言える事は、これで朝青龍は伝説になったという事実だけだった。]]>
      
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   <title>i ファン登録から2010年</title>
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   <id>tag:tenjohiroki.com,2010://1.1071</id>
   
   <published>2010-02-10T01:00:08Z</published>
   <updated>2010-02-10T09:33:54Z</updated>
   
   <summary>2010年2月12日の森 源太のワンマンライブまで後2日となりました。 ライブの...</summary>
   <author>
      <name>天上 博規</name>
      
   </author>
         <category term="メッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      2010年2月12日の森 源太のワンマンライブまで後2日となりました。

ライブのリハーサルも何度も重ねて、今回のライブに出演してくれるサポートメンバー全員での通しのリハでは当日のライブの成功がすでに見えた感じもしました。

そんなライブリハーサルのさなかに個人的には色々と感傷にひたる場面もありました。


2002年・・・バンドは「dmw（デビュー）」というミュージシャンやバンドが使える無料の携帯用ホームページのシステムを利用して自分たちの公式サイトを立ち上げていました。
その「dmw（デミュー）」には「i ファン登録」という機能があって、簡単に言うとファンの子たちが好きなバンドのサイトを登録する（メルマガ登録する）機能で、これを利用する事で僕たちはバンドのファンに対して次のライブ告知やCD販売情報などを流していました。

そして「dmw（デミュー）」には、その「i ファン登録」の人数が多いバンドやアーティストのランキングシステムがあり、週間でファン獲得数が多いアーティストが常時、サイト上で発表されていました。

そして年間を通してのファン獲得数が一番多かった、1位のアーティストを殿堂入りとして表彰していたのですが、その2002年の年間 iファン獲得ランキング 第一位が「森 源太」だったわけです。

バンドのリーダーとしてホームページの管理を担当していた僕は当然の様に、この得体の知れない「森 源太」という人物が気になりました。

プロフィールを見てみると、なぜか写真には「猫」の顔があるだけ。
長崎出身・・・そして何やら現在、ママチャリで日本一周をしている。
その日本一周での様子を随時、日記としてアップしていました。

とある日、その日記へのコメントに僕はいきなり書き込みをしました。

「はじめまして！大阪で活動しているLEGONIC TRAPというバンドのリーダーをしている天上 博規と申します。日本一周とは凄いですね！また色々と話を聞かせて頂きたいので、大阪に来たときは連絡下さい。」

当然、心の奥にある真実の声は
「2002年度 iファンランキング1位のこいつの秘密を暴いてやる！」

日本一周のさなか、全国各地から寄せられる応援メッセージに混じっていた僕のコメントですが、心優しい森 源太はそんな僕に快く返事をくれました。

そして、日本一周のさなか、立ち寄ってくれた大阪梅田のEST内のマクドナルドにて初めて対面しました。

第一印象は「この髭のおっさん（当時の彼は23歳とかでしたが）が、あのiファンランキング1位の森 源太か！オーラないやん！しかも汚い格好やな（旅の途中でしたので）」という感じでした。

反対に森 源太は自分のサイトにいきなり大阪のロックバンドから声をかけられて恐くて、どうしようかと迷ったと言ってましたが、会ってみると当時はまだ青少年だった僕を「この好青年がロックバンドをしとるんか」と感じたそうです。

そして3時間程、彼から旅の話や音楽の話を聴かせてもらい、そのまま「今日は大阪でストリートライブするけん」と言う事で大阪東通り商店街に移動して彼のライブを魅せてもらう事にしました。

とにかく、この日見た森 源太のライブが僕のその後の人生を変えたと言ってもいいほど、衝撃を受けたのを憶えています。
大阪梅田の東通り商店街には夜にもなると多くの弾き語りストリートミュージシャンが歌っていました。
すでに多くのストリートミュジーシャンがいる中、後から唄い始めた森 源太でしたが、不思議な事に2〜3分するとなんと森 源太の前だけに多くの人だかりが出来始めました。

となりで唄っている人にはお客さんは全くのゼロ！森 源太の前にはお客さんはすぐに30人程・・・終いには隣で演奏していたストリートミュージシャンですら集まってきてしまう始末。

理由は当然でした。
日本全国の路上で唄い続けてきた喉から出る声量・・・日本一周をしているという話題性・・・今日の生活の為に必死に唄い続けるその姿勢・・・そして歌の持つ魅力・・・どれをとっても圧倒的なものでした。

ストリートライブを聞いていた人たちは、そのまま森 源太の公式サイトにアクセスしてiファン登録していきます。
かなりショックだったのか、目の前でファンを増やされる様子を見せつけられた僕は途中で帰ってしまいました。

その数ヶ月後、森 源太が神戸に立ち寄った際に僕の家に泊まる事になりました。
その日暮らしの生活で寝る場所を探していた彼なので、当然の様に神戸に来た時や天上家に宿泊が決まったのですが、2003年の夏・・・僕は森 源太と熱く語り明かしました。

それから、彼が関西でライブをする時にはサポートとして隣でギターを弾く事が定番になりました。

それからというもの、日本全国各地に森 源太と行きました。
車を飛ばして九州は福岡から鳥取、名古屋、東京・・・全国各地でギターを弾きました。

どんどん成長するライブや楽曲と一緒に僕も森 源太と成長する事が出来ました。

「いつか、2人じゃなくてフルのバンドでライブしたいな」
そう森 源太が言いました。

「絶対やろうな！」
初めて出会った日から8年後についにできる様になりました。

LEGONIC TRAPがイベントをするという事で初めて共演した梅田バナナホール（限：梅田AKASO）という同じ場所で！


今まで、多くの人と出会い日本全国に友人や仲間がいる森 源太が誰よりも必要としてくれている存在になれた自分を誇らしく思います。

そして、その源太の想いに必ず全力で応えようと！彼の夢を絶対に実現してやろうと！そんなパートナーとして多くの歴史や感情を一緒に抱いて、ライブに挑みたいと思います。


p.s. 森 源太の衝撃のストリートライブを見て、ファンを増やすために本質を掴んだ僕はそのままバンドに持ち帰り、CDデビューをして、全国ツアーをしながらi ファン登録数を増やしてゆき、前年の年間チャンピオンの森 源太に引き続き、LEGONIC TRAPとして2003年度の年間 iファンランキング1位を獲得して殿堂入りを果たしました。
      
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   <title>選手も迷走の代表を変えるには</title>
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   <published>2010-02-08T03:08:09Z</published>
   <updated>2010-02-08T04:03:01Z</updated>
   
   <summary>2010年の南アフリカW杯に向けて、「ベスト4」入りを目標とするサッカー岡田ジャ...</summary>
   <author>
      <name>天上 博規</name>
      
   </author>
         <category term="サッカー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[2010年の南アフリカW杯に向けて、「ベスト4」入りを目標とするサッカー岡田ジャパンが迷走している。

2010年の初戦だったベネズエラ戦ではベテランの小笠原が奮起する中、「まだ負けないだけ良かった」というメディアや国民の期待は当然の様に東アジア選手権の中国戦に向けられていた。

公式戦という負けられない試合の初戦だったからか、中国ゴールネットにボールを突き刺す最後の一振りに何が足りなかったのか？


岡田監督は国内組としては（今の時点での）ベストメンバーで試合にのぞんだ。

GK：楢崎 正剛
DF：中澤 佑二・田中マルクス闘莉王・内田 篤人・長友 佑都
MF：遠藤 保仁・稲本 潤一・玉田 圭司・大久保 嘉人・中村 憲剛
FW：岡崎 慎司

ワントップの様な布陣だが、実際は両サイドの玉田と大久保が常に攻撃に加わるスリートップ！
岡田監督の「確実に勝ち点を取りに行く」という攻める意思が伝わるフォーメーションだった。
ベネズエラ戦で好調だった小笠原 満男は「メンタル、フィジカル両面で疲れが見られる（岡田監督）」という理由で控えに回ったが、嘔吐を繰り返していた内田や、同じくコンディション面で不安が残る玉田をスタメンに起用した事を考えると、長く代表を抜けていた小笠原ではなく、経験とコンビネーション豊富な「いつものメンバー」を起用するという事が本当の理由だったに違いない。


少なくとも日本で最高峰のプロリーグを代表する選手を11人並べているだけあって、サッカーが下手だと口が裂けても言えるはずはない。
それでも「何で？」とテレビの前で観ているサポーターが声を上げてしまう様なミスを選手がしてしまうのは、そこに（チームとしての連携）の精度を上げる時間が「代表」というチームには少ない事は仕方がない。

常に年間を通して同じ選手と監督で練習を行うクラブチームとは違い、国の代表はいわば緊急的に招集されるツギハギだらけは当然の事であり、監督に求められる能力はその様な選手たちを（まとめる）事に過ぎない。

サッカーの中ではワールドカップの決勝よりもクラブチームが参加する欧州チャンピオンズリーグの決勝の方がレベルが高いとされている。

こういった代表のサッカーでは監督のメッセージを受け入れ、忠実に実現してくれる選手こそが代表に向いているとも考えられる。

そんな日本代表にとって、この中国戦での指示は「サイドを起点に攻める。中でパスを繋いで、サイドチェンジを有効に使う」というものだった。

その作戦は先ほどのスタメンメンバーの玉田と大久保の両サイドを見れば一目瞭然だった。

<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/miA-lHTg6wg&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/miA-lHTg6wg&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>

しかし中国戦は皮肉にもこの監督の要求に対して、選手たちが懸命に応え過ぎてしまった。
左サイドからは長友がドリブルで切り込み、右サイドからは内田がサイドチェンジを試み、そして中央から岡崎が走り込んでゴールラインぎりぎりから折り返した。

中央で待っていた中村はシュートに至らず、大久保は空高くシュートを打ち上げたが、本当の問題はそこではなかった（彼らがシュートを決めていれば、結果オーライだったが）。

結局、90分を通じて、そんなシーンが何度も見られたのだが、クロスを供給しても中の人数は足りていない。
しかも、何度も何度も同じ展開を繰り返す。
すると本来は手段であるはずのサイド攻撃が、何やら目的化しているようにも見えてしまう。

前半の最初の方はそんな日本のスピードある作戦に中国の長身ディフェンダーたちは足を出せなかった。この時間帯に本来は2点は入れておきたかった。

そんな日本のスピードにも徐々に慣れて来ると、長身の彼らはサイドから飛んでくるボールを処理するのに困る事はなく、逆にカウンターのチャンスを虎視眈々と狙っては、結果的に何度も日本ゴールを脅かすシュートを放ってきた。

試合はスコアレスのまま、内田のシュートはポストに叩かれ、期待の新人の平山が登場して、
楢崎が中国のPKを好セーブで防いだ。
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しかし、それはメディアが使える表面的なハイライトシーンであり、本当に大切なのは、そんなチームをキャンプテンとして率いる中澤が攻撃陣の不甲斐なさに苛立ちを感じ、後半14分にインターセプトから単身持ち込んで、そのままクロスを上げようとした場面だった。


試合後、味の素スタジアムには今までになかったブーイングが巻き起こった。
<object width="560" height="340"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/EXlCKGy7vFM&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/EXlCKGy7vFM&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="560" height="340"></embed></object>

岡田監督は何度か前向きなコメントを出したが、表情は硬く口調にも抑揚がない。

しかし、岡田ジャパンがW杯に向けて、圧倒的に中国よりも強い、予選のカメルーン・デンマーク・オランダと闘う為に目指してきたサッカーは10日間の合宿を行い日本戦に挑んだ中国に完璧に封じられた。
もっと言えば、今回の中国より予選で対戦する3カ国は日本を研究してくる。

そしてジーコジャパンが敗れた2006年のW杯でのブラジル戦後、引退を表明した中田 英寿が言った「今の日本にはジーコが言う自分で考えるサッカーでなく、トルシエの様に形をしっかり出して、そこにハマるサッカーの方が合っているかもしれない。でも、それでは世界では勝てない」という言葉の通り、言われたことしかできない（やらない？）選手たちを代表して、試合後に遠藤は「サイドに行ったらセンタリングをして、ニアに誰かが入ってきて、という型にはまったプレーというのが多かったように思う。言われたことを言われた通りにやるという、日本人の悪いくせが出た」とコメントした。

試合後に試合結果よりも内容に我慢出来ずブーイングをした25,000人のサポーターも岡田監督も目指すべき場所は同じはず。

「世界で勝てるチームで、世界にどれだけ通用するかを試したい！」

ベスト4は目標であって、何が何でもベスト4というわけではない。
日本代表の試合を観て、応援するサッカーファンは日本人としての誇りを与えてくれるような戦いをして「精いっぱいやり切った」という充足感を与え欲しいと願っている。

1998年・・・初出場で3戦全敗をしたフランスでの戦い
2002年・・・トルコに負けた日本での戦い
2006年・・・勝てたはずのオーストラリア・クロアチアに結果を出せず、ブラジルに力の差を見せつけられたドイツでの戦い。

どれも日本代表は「やり切った」という充実感のないまま戦いを終わらせてきた。

だからこそ、格上のオランダ、デンマーク、カメルーンと当たる南アフリカでの日本代表に対して感じた不安感であり、ブーイングだった。


さて短い期間で、どれだけの修正を行えるかは疑問だが、時節は香港。
そして過去2大会の優勝国の韓国代表は香港代表５-０で快勝した。

そんな韓国に大敗する事があったなら、日本国民のワールドカップへの期待、日本代表そのものへの期待はなくなってしまうに違いない。

何としても立て直しを行い「綺麗・上手い・素敵な試合」ではなく「やり切った素晴らしい試合」を魅せて欲しい！


追記として、日本と中国のスコアレスドローを聞いたグルノーブルの松井 大輔は奮起、公式戦で2ゴール・1アシストと結果を残した。
松井 大輔・中村 俊輔・長谷部 誠・本田 圭祐・・・まだまだ日本代表選手に確定は存在しない。]]>
      
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   <title>純粋に仕事ができる喜び</title>
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   <published>2010-02-06T06:46:10Z</published>
   <updated>2010-02-06T07:06:01Z</updated>
   
   <summary>プロ野球 ロッテの西村 徳文監督は2月3日、沖縄・石垣のキャンプ地で会見を行い前...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tenjohiroki.com/">
      <![CDATA[プロ野球 ロッテの西村 徳文監督は2月3日、沖縄・石垣のキャンプ地で会見を行い前阪神の今岡 誠 内野手を獲得すると発表した。
背番号はバレンタイン前監督がつけていた「2」に決定。

阪神から2009年、戦力外通告を受けた今岡に獲得の声をかける球団はなく、そのまま入団テストを受けるためにロッテのキャンプに参加していた。

西村監督は「実績のある選手。普通に動ければ合格を出そうと思っていた。問題なかった」と語った。

今岡は阪神で首位打者や打点王のタイトルを獲得。
西村監督は「一番は打撃。パ・リーグはDHがあるのでやってくれる力がある」と期待を寄せた。

そして自身の野球人生を瀬戸際で救ってくれたロッテに対して今岡は入団会見で「感謝の言葉しかない。心の底から出て来る感謝しかない。」と言葉を並べた。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/imaoka_rotte_01.jpg" />

2007年メジャー帰りからオリックスとの契約問題、そして中日のテスト選手として入団した中村 紀洋を思い出す。
オリックスとの契約がもつれ、他の球団から声のかからないキャンプインを行った中村に救いの手を出したのは中日ドラゴンズ。

年俸600万円、背番号99という元メジャーリーガーはその年のシリーズで大暴れ！
自分の野球人生を救ってくれた中日に対する「感謝」を胸に日本シリーズでは打率.444（18打数8安打）、4打点と活躍。11月1日第5戦にて日本一を決め、日本シリーズMVPを獲得するという偉業を成し遂げた。


そして2010年の今岡はロッテへ！
2003年のリーグ首位打者はかつての輝きもプライドも何もかもを捨て、ただ野球をさせてもらえる環境への「感謝」とチームへの何が何でも「恩返し」という言葉を胸に必ず活躍してくれると期待せずにはいられない。

＞<a href="http://marines.tv/index.php?ch=3ch&no=653" target="_blank">テスト合格決定後の会見ムービーはこちら（マリーンズTV）</a>]]>
      
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   <title>Twitterでハイチの人に救いの手を</title>
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   <published>2010-02-02T10:28:57Z</published>
   <updated>2010-02-02T10:42:38Z</updated>
   
   <summary>1月12日にハイチで発生した大地震、死者は10万人を超え、被災者は数百万人に上る...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="社会環境" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[1月12日にハイチで発生した大地震、死者は10万人を超え、被災者は数百万人に上ると言われる。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/haiti_jishin_01.jpg" />

地震以前から貧困が問題となっているハイチだけに、震災後の混乱の中で略奪や暴動が起きているという悲しいニュースも入ってきた。
CNNの記者がその場面に出くわし、一人の少年を助けたという動画。
<object width="480" height="295"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/7Unh4v1lFU0&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/7Unh4v1lFU0&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="295"></embed></object>

国がすでに国として機能しなくなりつつあり、上記の様な暴動や略奪が増えると、その犠牲になるのはいつも子供やお年寄りに他ならない。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/haiti_jishin_02.jpg" />

阪神大震災から15年目を目前とした12日に起きた地震にどうも他人事とは思えない感情からか、何かしたいと感じる人も多いはず。

日本では、Twitterが様々な情報伝達とムーブメントの形成に寄与している。

そのひとつがJALマイルによる寄付の実現。

Twitterでは地震直後からJALマイルで寄付が出来ればいいのにという意見が散見され、その中の幾人かが直接JALに問い合わせを行った。その結果、JALはマイルによる寄付の実施を決定した。
この時期にJALが社会貢献へと動いた事が大きかった。

そして、クリック募金サイトの<a href="http://www.dff.jp/twit_haiti/" target="_blank">dff</a>ではつぶやきで寄付が行える「ツイッター募金」を開始！

一日一回つぶやくごとに1円が寄付されるという仕組みで、1日5,000件〜6,000件のつぶやきが寄せられている。

実際に金額の問題やハイチの治安の現状を考えると、善かれという気持ちだけで物品提供などは逆に混乱の種になりかねない。

以前、とある日本の慈善団体がカンボジアの子供たちに物品提供をする為にカンボジアの村を訪れた。
そこで日本人が物品を渡そうとした瞬間に子供たちによる物品の奪い合いが行われ、治安が崩れてしまった。
その団体はその村の村長に厳しいお叱りを受けたという。

「しかし、困っている人がいるのなら、何かしたい！」

そんな気持ちだけでも持ち続ける事が自分自身の生活にとって大切だと感じている。

そういう意味でもTwitter募金の様に1つぶやき1円だとしても、何気なく続ける事で常に意識を持っていられるという意味は大きい様に思う。]]>
      
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   <title>自分たちを守ってくれるのは誰？</title>
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   <published>2010-02-02T06:27:43Z</published>
   <updated>2010-02-02T07:22:45Z</updated>
   
   <summary>唐突ばがら「国の平和」という大義について考えてみる。 正直に言うと、今の自分の気...</summary>
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      <name>天上 博規</name>
      
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         <category term="1981" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[唐突ばがら「国の平和」という大義について考えてみる。

正直に言うと、今の自分の気持ちは時代と共にどんどん変化してきている。

「戦争は駄目」

そんな言葉は誰でも簡単に理解できる。

「人を傷つけてはいけない。」
そんな事は子供でも分かる。

小学生の頃に社会科の授業で習った「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」から構成される憲法9条は子供心に「当然」としか響かなかった。
素晴らしいとも感じなかった。
普通だった。

戦争を知らない世代だからこそ、歴史から何かを学ぶとすれば、やっぱり人の幸せを考えると最後には「生き死に」の問題に直面する。

「生き死に」を一番感じる瞬間のひとつに「戦争」が挙がるのは当然。

<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/nomoresensou_01.jpg" />

世界的な不況の中で、「平和」という均衡はいつ崩れてもおかしくない状態だと言える。

1991年・・・湾岸戦争が始まった。
当時、小学生だった自分自身にとって「戦争」はまさしくテレビの中だけの出来事でしかなかった。

日本は平和憲法により自衛隊の海外派遣を許さないかわりに1兆2千億という多額の資金援助でもってこの戦争に協力をした。

金銭での援助も戦争に参加した立派な証拠になると言えるかもしれないが、参戦国からは「金だけしか出さない」と非難された。
血を流す事でしか犠牲と認識されない戦争において、日本は世界から「腰抜け」と標的にされた。
その後、PKO協力法が作られ、自衛隊の海外派遣が認められ（国際貢献）という名で外国に行く事が許された。


子供の頃に素直に感じていた「戦争は駄目」という当たり前の感覚が次第に「世界が変わりゆく中で憲法第9条に縛られて世界から遅れをとっていないのか？平和ボケをしていていいのか？」と思う様にもなっていた。

日本がもはや「戦争」から他人事ではないと感じずにはいられなかったのは、北朝鮮のテポドンが日本上空を飛び越えていくというニュースを見た時。

アメリカが日本を守ってくれるとばかり思っていたが、アメリカのゲーツ国防長官は「北朝鮮のミサイルが米国を狙ったものでない限り、撃墜しない」と言明した瞬間から、日本はアメリカという強力な守備盾が何も意味しない事を知る。

「核ミサイルが日本上空を通過する」

文字にすると何とも迫力のない言葉だが、日本上空で爆発した瞬間に一瞬で日本は終わってしまう事実からは目を背けられない。

日本は軍事力と外交力を備えていない。
資源に乏しく行き詰まった日本はそろそろ世界に誇れる国（背後にアメリカという守備がいた事で成り立っていた事実）というメッキが剥がれてきたのかもしれない。

しかし北朝鮮の様な問題から「日本国の安全」を最優先に考えると、自然と最後は「核」の保有問題に直面する。

テレビやメディアからは評論家が「核の保有は北朝鮮への抑止力にもなるし、外交にも使える」と声高に叫ぶ。

原爆を落とされ、日本人の誰もが「核」の恐ろしさを身を以て経験した同じ人たちの50数年後の言葉だった。


<img src="http://tenjohiroki.com/upimage/nomoresensou_02.jpg" />

ジョン・レノンやオノ・ヨーコが「WAR IS OVER」と唄おうが人というのはいつの時代も闘いと背中合わせに生きている。

いつも思う事が「人は距離感の生き物」だという事。

阪神大震災を経験した日、世界中の人が自分の事を心配してくれていると思っていた。
先日のタヒチで地震があり多くの人が死んでいった・・・でも、自分の生活も感情も何も変わらなかった。
新聞やテレビが伝えるタヒチの情報をまるで映画の一コマの様に見ているだけだった。

世界の裏側で子供が何人死のうが、飼い猫が死んだ方が悲しい。

話が少し反れてしまったが、こういった「核」保有問題や戦争の問題を考える人たちは誰もが「自国の幸せ」を願っている。
日本を良くしたい！その気持ちの上に成り立っているからこそ、「戦争」や「核」という問題に答えは見つからない。


そして今の自分自身にも何か答えがあるのか？と言われると口を閉ざしてしまう。


2007年、バンドのライブで台湾へ行く機会があった。
台湾では今でも徴兵制があり20歳を越えた若者は数年間、兵隊へ入隊する事になっている。

そんな台湾人と軍隊の話をしてみる。
「軍隊に入って何をするの？」

「ちょっとした訓練みたいな事と、後は遊んでる」

「えっ？遊べるの？」

「うん！韓国の様に厳しくないから！それに俺の友人は徴兵制で兵隊に入るのが嫌で、政令が来た時に（頭がおかしい奴）を演じて、入隊を免除されてたからね。」

軍隊と言っても国の間でこれだけ大きな意識の差がある事を知った。
もし、今の日本が徴兵制などを取り入れても、台湾の二の舞になるのは目に見えているかもしれないと感じた。

「自国の安全」の為に出来る事はした方がいいし、そろそろアメリカは自分たちの事で手が回らなくなってきている。自分たちの事は自分たちで守る必要がある。


答えの見つからない今だからこそ、自分自身が小学生の頃に感じた素直な「戦争は駄目なんて当たり前」という感情に戻っても良いのかもしれないと思っている。

「平和」と「国益」の両方を考える事は大切だが、最終的には「国益」よりも小さな小さな「平和」の下で暮らしていたいと感じている。]]>
      
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