熱い想いと現実の話
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何事にも"情熱"というのは大切だと感じている。
シンガーソングライターの森 源太なんかと話をしていると
「ゲンタの魅力って何やろう?」
そんな僕の問いに
「オイの魅力は熱苦しかことだけや!」
そんな言葉がストレートにかえってくる。
熱苦しい!ということの解釈は「人生を必死に生き抜いている人」という意味も含まれているのだと思っている。
そんな自称、熱苦しい男・・・(この場合は、男ではなく漢の字の方がいいかも)の周りには同じく熱苦しい人間が集まり、大きな輪となって広がりを見せてくれている。
そして、そんな熱苦しい情熱は
時に大きな力になって人の心を動かしていく。
これは、僕自身の今までの経験からも、更には森 源太や森下 雄一郎君を見ていても感じている事だし、そんな想いこそが何よりも大切だと信じてもいる。
で、ここで文章や思考が終わってしまうと僕らしくないので、続きを書いていくと
【でも、そんな想いだけではどうにも進まない現実もある】という事を同時に知っておく必要もあるのではと感じている。
昨日、相方(メンバー)なんて言葉で済ませていいのかと思うけど、HEAVENのボーカル、マサ★アキさんのアトリエにお世話になっている方が勢揃いでバーベキューをしながら色々と(熱い)話を繰り広げるという輪の中にいさせてもらっていた。
そこで、話題は僕も先日、参加させてもらった森下 雄一郎君の財団の運営に関する内容になった。
森下 雄一郎君は僕にも何度も、その脳裏に描いた壮大な夢やこれからの目標を話してくれては、そんな彼の構想に僕は胸を躍らせながら、こんな自分でも何かしらお役に立てるのならと楽曲の提供などをさせてもらっていた。
そんな森下 雄一郎君の夢や想いには大きな企業もスポンサーとして資金を提供して運営を助けてくれていた。
そこには、人としての情熱や熱苦しさがあり、そんな想いが人の心を動かしてきたからこそ、様々な形となって、それは姿を現してきた。
それでも、財団に関わる知識人の方々は森下 雄一郎君に
「君がいなくても運営が可能な形に財団を確立しないと!」
「君の想いでスポンサーから資金を捻出するモデル以外に自立して、事業として運営を補える何かを構築しないと!」
という様な現実的な問題もぶつけていた。
それは他ならない、社会という様々な人が繋がりを持ち生存競争を繰り広げるレールの上で、夢を実現する為の大切なエッセンスだと僕は少なからず感じていた。
僕はプロデューサーという観点から、よく森 源太と意見をぶつけ合う事がある。
源太は基本的に心の底から(人を信じて)活動している。
「自分のファンは生涯、永久にファンでいてくれる!」
そんな源太の言葉に思わず反論してしまった時がある。
「甘い!じゃ〜源太は昔好きだったアーティストが今でも変わらずに好きなの?」
僕の言葉に彼は血相を変えて怒りをぶつけてきた。
それは人の繋がりの上で、自分自身の夢を叶え続けてきた彼の本意でもあるし、願いでもある。
同時に僕自身も例外なく(人を信じて)生きているし、そんな彼の想いも理解はしている・・・でも、やっぱり人は弱い生き物だと、自分も含めて実感している側面もある。
例えば、森下 雄一郎君の話に戻すと、企業が森下君の想いや夢に賛同してくれて、スポンサーになってくれても・・・こんな世の中だから企業は数字にシビアにならざる終えない状況で、スポンサーを降りる決断をすることがあるかもしれない。
そんな時に、財団は唯一の資金源を失って、夢の実現への活動が出来なくなる様では本末転倒だということになる。
今いる自分を好きでいてくれている温かい場所に満足せずに、時には批判されてもいいから、もっとチャレンジして、唯一の存在を構築するべきだ。
そんな無責任にも似た想いを源太に伝えたかったのだと今は思う。
そして今日、書いている事に正解や方法論などないのかもしれないし、今の所・・・明確な答えなんてものは出てきやしない。
でも、夢を叶えるには・・・何よりも"情熱"や人としての"熱苦しさ"という心は何よりも必要であり、同時にその燃え上がる炎を消さない為の様々なガード(情熱だけではどうにもいかないからこその手段)も必要だと感じている。
愛と平和と戦争と金
自分には関係のないようで、実は隣にあるのかもしれない、これらの類いは"情熱"こそが全てだと簡単に吐き捨てる人がいる。
"熱苦しい"自分に酔っていては何も見えてこない。
でも、"熱苦しい"部分がないと人の心なんて動かすことは絶対に出来ない。
難しくて、悩んでも悩んでも答えなんて出てこない。
それこそが人生そのものなのだとも思う今日この頃です。