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危険という常識

生きるとは知るコト » 頭の中 » 危険という常識

常識という言葉はいつも僕の想像力に鎖をかける。

体裁を気にして、気が付けば自分が分からなくなる。


深く、深く、想像してみる。


例えば、こんにゃ○畑が喉に詰まって人が死んでしまったという事件。

危険だからという理由だけで批判から製造の中止までの声があがる。


人が死んでいるのだから、少なからず危険性がある食べ物の製造は中止にすべきという声は理解できる。


もし自分の親類が被害者になったら、行き場のない悔しさは、対象物にぶつけるしかない。


車の後部座席もシートベルト着用が法律で決まった。
事故した時に危ないから、納得はできる。

でも、事故した時の危険度で判断するなら、バイクの2人乗りはOKで自転車の2人乗りは危ないと言われる基準が分からない。


車のシートベルトが法律で厳守という基準が、危険ならば、バイクの2人乗りは当然危険そのものかなと思う。


世の中はそんなにがんじがらめでも面白くない。

だから、そこら辺はフンワリしていていいけれど・・・
矛盾も確かにあることを再度、理解してみる。


大相撲でも座布団を飛ばすのが禁止になったそうです。
危険だから。


そもそも僕は個人的な意見として、この座布団飛ばしは疑問でした。

"座布団を人に向けて投げるお年寄り"

これを狂気と呼ばずになんと呼ぶ!!くらいに。


意味が分からないけどOKなことが世の中には沢山ある。


相撲会場では座布団はおおいに投げて良いけれど、野球場でグランドにメガホンは投げたら駄目!!


でも、こうして矛盾があるから世の中は面白い!!

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