言葉とメロディーと感情
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J-POPの曲似ているのは理由がある「コード依存」がひどいから?
という記事があった。
とくに商業主義にのった音楽に対して頻繁に言われる言葉がある。
「売れ筋の曲」
上記の記事の中にある様な
「安易にヒット曲を生み出そうと、日本人好みの同じコード進行で作った曲の氾濫が元凶で、ここから脱却しないと今後もパクリ騒動が頻発する、と断じている。」
という様な表面的な薄い言葉では全てを言い切れない気がする。
この安易にヒットを生み出そうと、日本人好みの同じコード進行が問題という言葉は、音楽を聴く人達を馬鹿にしている。
確かにミュージシャンやレコード会社はビジネスとして音楽を販売する中で、売れる商品(曲)を作る。
売れる商品を必死に作って何が悪いのかとすら思うけど、音楽という感情を扱うものは、デリケートなのも事実。
だけど、もっと言えば
音楽を聴く人は、自分が聴きたい曲を選んでいる。
歌詞やメロディーから大切な何かを汲み取っている。
だから、ただ単純に売れ筋の曲を作るという言葉だけでは言い表せない何かがある。
たとえメロディーが同じ(似ている)でも、歌い手は歌い手自身の感情と思いで歌を唄っている。
その姿やバックグラウンドに人は共感を憶える。
音楽はメロディーと言葉と感情の3つが重なって出来ている。
そして、それ以上に音楽は自由なはずだ。
売れた(人に認められた)曲をそのまま使って、それでビジネスをすることは著作権の考え方からも、駄目だと思う。
だけど、コード進行が同じだからといって、J POPはパクリだ!
売れ筋のJ POPは似た曲ばかりだ!
と声を荒げても、それは聴く人自身のことを馬鹿にしているとしか思えない。