個人プレーとチームプレー
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小学生時代によく高校生の人と大きな公園で遊んでいた時のこと。
僕たち小学生軍団10人以上は毎日、学校が終わると高校生の人や大人たちと大きなグラウンドがある公園に集まって、野球をしたりサッカーをしたり日が暮れるまで遊び倒していた。
周囲から見ると異様な光景だったと思う。
なんせ小学生と大人が本気で毎日遊んでいるのだから。
その高校生の人は野球が得意だった。
後にトライアウト的な方法でメジャーリーグの入団テストまで受けに行っていたので、相当の選手だったと思う。
逆に僕は将来はJリーガーを目指す夢見るサッカー少年。
月曜日はサッカー・・・
火曜日は野球・・・
水曜日はサッカー・・・
木曜日はサッカー・・・
金曜日は野球・・・
土曜日はサッカー・・・
日曜日はサッカーと野球・・・
という様にどっちも本気で試合をしていた、とある日のこと・・・
こんな話題で話が盛り上がった。
高校生「サッカーってひとり上手い奴がいたら、そいつがドリブルして敵を抜いてシュートをして試合に勝てるやん!逆に野球ってチームプレーよな!」
僕「いやいや、逆やろ!野球は凄い投手がひとりいたら誰も打たれないから勝てない!野球こそ個人プレーやん!サッカーは11人の連携がないと、いくら一人が上手でもシュートに至る過程で絶対に他の選手が関連するから、チームプレーやで!」
要するに、野球とサッカーのどちらが個人競技でどちらがチーム競技なのかということだ。
多分・・・結論から言うと、どちらもチーム競技だと思う。
でも、当時の僕を弁護する訳ではないけど、分かりやすさという点で言うと野球の方が個人のプレーに焦点を当てやすいのは確かだと思う。
「大事な場面でイチローが凄いヒットを打った」とか投げた、打った、捕ったと、局面で登場人物がはっきりしていて個人に焦点をあてやすい。
逆にサッカーは凄いシュートをベッカムが決めたとしても、そのベッカムにスルーパスを渡した選手や、ベッカムをフリーにするべく、敵選手のおとり役になった選手の動きなど間接的にあるので、チームプレーと言わざるえない。
でもメディアやニュースは「ベッカムのナイスシュート」としか見出しに出さない。
だから、「ベッカム一人が凄い」と個人プレーの様な錯覚を感じてしまうのかもしれない。
野球だって、そういった連携の場面は当然あるのだけど、分かりやすさという点だと、やっぱりサッカーよりも明確なのは言うまでもない。
何で今・・・こんな事を思ったのかというと、例えばミュージシャンって分かりやすく、この部分ばかりが目立ってしまう。
良い曲を唄うシンガー。
歌が上手なシンガー。
でも、そのシンガーに歌を提供する作曲家がいて、歌詞を書く作詞家がいる。
さらにはダイヤモンドの原石の様な原曲を磨くアレンジをするプロデューサーや、最高の音楽を録音するエンジニアや、それを売り込むスタッフ、色々な人の力が重なって、多くの人の心に響く1曲に仕上がる。
それは他ならないチームプレーだと思っている。
多分、自分も含めて・・・ステージなんかで声援を受けて、評価を与えられると勘違いしてしまう。
「俺の力って凄〜え!」って。
その自分を存分に輝かせてくれている支えの人達のことがすぐに見えなくなる。
良いシュートを決めるには、良いパスをくれる人、スペースを空けてくれる人、敵を押さえてくれている人、シュートを外してもフォローしてくれる人、何度もシュートチャンスをくれる人、そんな数えきれない多くの人がいて初めてシュートを打つ場面が来る。
何事も自分ひとりでやっているとか、自分の力とか、そんな馬鹿げた勘違いは程々にして、今日もチーム一丸に目標を目指していきたいと思う。